座談会 AIは下水道を変えるのか? 問われるのは「技術」ではなく「思想」
参加者
山村寛氏(中央大学社会理工学部人間総合理工学科教授)
若狭公一氏(埼玉県下水道公社市町村支援課課長)
山野井一郎氏(日立製作所インフラ制御システム事業部グループリーダー主任技師)
竹田功氏(NJS執行役員)
企画・進行・記事 奥田早希子氏(Water-n代表理事)
下水道×AIの現在地を探る
―今日は「AIが良いのか悪いのか」という結論に持っていきたいわけではありません。AIを誰が、どのように、どんな責任を持って使うのか。そして、どんな社会を目指すのか。そこを掘り下げたいと思っています。
まず、下水道の中でAIは今どれくらい使われているのでしょうか。現場の感覚から伺えますか。
若狭 最初に整理した方がいいと思うのですが、「下水道のAI」と言った時に、何を指すかによって答えはかなり違います。
例えば、ChatGPTのような生成AIなのか。それとも、処理場やポンプ場のプラントの中に実装されるAIなのか。
生成AIについては、下水道分野でも皆さんと同じように使い始めています。「これもできるのではないか」「あれにも使えるのではないか」と、いろいろ試している段階です。
一方、プラントや維持管理の中にAIがどれだけ入ってきているかというと、肌感覚では「まだまだ」です。
「あれをしたらいいのではないか」「これもできるのではないか」というアイデアは皆さん持っています。しかし、実際に一歩踏み込んで導入するところまでは、なかなか行っていません。
―例えば、水処理や汚泥処理の運転方法をAIが考えるような使い方はされていないということですか。
若狭 ほとんどないと思います。少なくとも、AIを組み込んだシステムを入れることを前提に仕様を作り、発注するという段階にはまだ至っていません。
―一方で、竹田さんは事前にいただいたコメントで「部分的には実装されている」と指摘されていましたね。
竹田 私はコンサルタントの立場でPPP(官民連携)の提案や、新しい点検技術、ソフトウェアなどにも関わっていますので、AIはかなり身近な存在です。その感覚で言うと、部分的には実装されていると感じています。
例えば画像処理です。これまでアナログだった点検データをデジタル化し、ひび割れなのか、汚れなのかをAIで判定する。そうした技術はすでに動き始めています。
報告書の作成などでは、生成AIの活用も進んでいます。そういう意味では、AIはもう業務の中に入り始めています。
ただ、現場でAIが直接判断し、設備を動かすところまではまだ難しいですね。
今後はフィジカルAIの方向へ進んでいくと思いますが、現状では、AIが必ずしも毎回同じ答えを出すとは限りませんので、「判断」を任せるには課題があります。
―イメージとしては、現場そのものよりも、現場から得たデータを解析するバックオフィス側では、AIがかなり使われ始めている。一方、現場の設備を直接動かすところはこれから、ということでしょうか。
竹田 そういう整理はできると思います。
―山野井さんは、AI技術を提供するお立場です。メーカーから見ると、現在地はいかがでしょうか。
山野井 先ほど竹田さんからも話があったように、画像解析は比較的先行している分野だと思います。
一方で、私自身が開発に携わっている上下水道を中心とする監視制御システム分野については、AI以前から数理モデルを使った制御技術があります。確実性という意味では、まだ数理モデルの方が強い領域もあります。
ただ、数理モデルの場合、ある制御設定値を与えなければ、その通りに動かすことはできません。上下水道の場合、年間を通じて原水の濁度や天候など状況が変わったり、豪雨など通常とは異なる状態になったりすることもあります。そうした時でも最適な設定値そのものを与え続けられるかというと難しい。そこを今後、AIが担う可能性があると思います。
その前段階として、すでに取り組まれているものもあります。例えば、天候情報や水系情報などを使い、ポンプ場への流入量をAIで予測するシステムです。
また、少し分野は異なりますが、薬品注入について、ベテランの方の操作を再現するようなシステムも開発されています。
ただ、ここで必ず問題になるのが、「AIが出した答えをどう保証するのか」です。
―そこは大きな問題ですね。
山野井 メーカー側としては、まず熟練者が出した答えを正解として扱い、それをAIがきちんとなぞるところから始める。そういうアプローチがあります。
生成AIについても、活用の可能性は広がっています。例えば、プロセスアラームが出た時のレポート作成に使う。あるいは、監視制御システムと対話できるようにする。
「なぜこの数値を変えたのですか」とシステムに聞けば、その理由を答える。そうなれば、人間の判断や操作の理由を形式知化できる可能性があります。
―AIが「なぜその答えを出したのか」を説明できれば、後ほど議論する説明責任にもつながりますね。
山野井 そうです。重要なのは、検証できる余地を残すことです。ブラックボックスのままでは、現場で使ってもらうのは難しい。
提供側だけでなく、使う側も含めて、AIが何をやっているのか分かる仕組みにしていく必要があります。
―ここまで聞くと、若狭さんは「まだあまり使われていない」と言い、竹田さんと山野井さんは「すでに使われている」と話しています。この違いは何でしょう。
若狭 画像解析など、現場から得られたデータを解析してもらい、結果を返してもらう使い方は少しずつ始まっています。
ただ、プラントの中に、設備の一つとしてAIが実装されているかというと、まだ少ない。そこが違いだと思います。
―そういうことなんですね。山村先生は、事前コメントで「進んでいる、遅れているではなく、領域ごとの差が大きい」と指摘されていました。
山村 そうですね。AIが「進んでいる」「遅れている」と一括りに語ること自体が違うと思っています。
領域によって、ものすごく差があります。
例えば上下水道以外を見ると、電力分野ではAI活用がかなり進んでいます。すでに実装されているものもあります。プラント管理や維持管理でも、下水道で使おうと思えば使える技術、検証済みのシステムはたくさんあります。
ですから個人的には、大学が同じAI技術を一から研究開発する必要は必ずしもないと思っています。もう技術はある。海外にもあるわけですから。
AIそのものの進歩は非常に速いので、日本の研究開発費だけで追いつこうとしても難しいですよ。
むしろ重要なのは、「なぜ現場で使えないのか」「使うためにはどうしたらいいのか」です。現場と技術を結ぶところに、一つの重要な研究課題があると思っています。
―具体的には、どのような研究をされているのですか。
山村 浄水場や下水処理場に行って、「こういう技術があったらどうですか」「この技術は使えますか」と聞きます。
すると、「これは使えない」「こういうふうにしてほしい」という答えが返ってくる。
それを技術側に持ち帰り、実際に作ってみる。そして「あ、これはいいね」「これはちょっと駄目だね」と一緒に考える。
自分では、ある意味「翻訳者」だと思っています。現場の課題を翻訳して、技術に落とし込む。これからは、そういう役割の存在がますます重要になるのではないでしょうか。
―現場を知る人はAIを知らない。AIを知る人は現場を知らない。その間を翻訳するということですね。
山村 そうです。AIは従来の設備とは少し違います。物を作って、納めて終わりではありません。人が使うサービスに近い。だから、従来の業界構造や商流とは違う部分があり、そこを育てていく必要があると感じています。
何が普及を阻むのか
―では、技術があるのに、なぜ普及しないのでしょう。
竹田 実際にAIを使った実証に取り組んだ時、最初に苦労したのは、既存の維持管理事業者の協力を得ることでした。
維持管理業務は、3年、5年といった契約期間で区切られます。事業者から見れば、長年蓄積してきた運転ノウハウは自社の競争力の源泉です。
「これはうちの技術だ。なぜ他社に教えなければならないのか」という話になるのも致し方ないと思います。
さらに、AIに置き換われば、現場の人員が減らされるのではないかという懸念もあります。
行政側は「AIを使いたい」と言う。しかし現場側には、「人を減らされたくない」「自社のノウハウを他社に渡したくない」という思いがある。ここに大きな壁があると感じます。
―技術以前に、人や組織の問題があるということですか。
竹田 そうです。それに、自治体の担当者は数年で異動します。ある担当者が課題意識を持っても、AI導入には時間がかかります。その方が担当している間に成果が出るとは限らず、異動後にうやむやになるかもしれません。
トップが「これをやる」と判断する、あるいは国の支援制度がある。そういう条件がなければ、なかなか大きな投資には踏み切れないと思います。
―現場にAIを導入するにはデータが必要だが、維持管理事業者が蓄積した運転データの入手が難しいということでした。だとしても、まずはAIを現場に導入し、順次、学ばせていくことはできないのでしょうか。
竹田 そうかもしれませんが、残念ながら処理場には、AIが学びやすい「失敗データ」がほとんどないのが現状です。
―失敗データがないとは、どういうことでしょうか。
竹田 下水処理場は放流水質を順守する必要があり、現場では、当然ですが、基準を逸脱しないように運転するよう努めています。そのため学習できる失敗データが集まりません。
AIに学習させるには、「こうすると失敗する」「この操作をした結果、基準を逸脱した」というデータが必要なので、シミュレーション上で異常状態を作り、エラーを学習させる必要が出てきます。
―皮肉なことに、現場が優秀であればあるほど、AIが欲しい失敗データは蓄積されないわけですね。
竹田 そういう面があります。
山野井 失敗データがないという問題は、メーカー側でも非常に大きいです。
例えば、ポンプなどの振動データから故障を予測しようとします。ところが、10年たっても壊れないことがある。すると、正常な振動データばかり蓄積されます。
結果として、「いつもと違う状態になりました」とは言えても、「あと何日で壊れます」とまでは言えまえせん。
さらに、下水道は開かれた環境を相手にしています。50年に一度の豪雨があったり、過去にない気象条件があったり、更新工事によって運用条件も変わったりします。さまざまな変動要素があるのです。
AIは基本的に過去の事例から学びますが、下水道では、過去にない状態にも答えなければなりません。そこが非常に難しいと感じます。
―AIは「初めて」に弱い。下水道に求められるAIは、工場の中で一定の条件を与えられて動くAIとは違うんですね。
山野井 そうです。豪雨、流入水の水質や水量の変動、設備状態など、さまざまな条件を考えながら安定稼働させなければなりません。ある意味、「総合格闘技」のようなマネジメントです。
将来的には、工事を扱うAI、運用を扱うAIなど、それぞれのAIを作り、さらに上位のAIがそれらを協調させるような世界も考えられます。
ただ、そこへ行くには、まずデータ基盤を整えなければなりません。
―公共事業の場合、前例がない技術は導入が難しいということは以前から言われています。新しい技術は、今でもやはり現場で採用されにくいのでしょうか。
若狭 これまでは、新技術を実装するまで非常に時間がかかりました。石橋を叩いて進むようなところがありましたよね。
ただ、埼玉県八潮市で道路陥没事故が起きてから、少し空気が変わったと感じています。
例えば、管路内を調査するドローンです。以前なら、研究段階で実証を重ね、慎重に検討していたでしょう。
しかし事故後は、「とにかくやってみろ」という流れが生まれました。すぐに調べなければならない。従来の方法だけでは間に合わない。そうした切迫感があり、管理者側も「前例がないとか、そんなことを言っている場合ではない」と考え方が変化したと感じています。
そこでコンサルタントやメーカーが次々に技術を提案し、現場側は必要なフィールドを提供する。そういう今までとは少し異なるスピード感で技術導入が進み始めたと感じます。
―AIも同じでしょうか。
若狭 なんらかの切羽詰まった状況になれば、一気に導入される可能性はあると思います。
―とはいえ、切羽詰まった状況になってほしくはありませんね。
若狭 確かにそうですね。ただ、下水道の置かれた状況を見ると、もう切羽詰まっていると言えるのかもしれません。
運転データをいかに活用するか
―ここまでの議論で、下水道でAI活用を促す最大のボトルネックは「データ」のように感じます。ここをどうすれば乗り越えられるのでしょうか。
山村 私は、AI活用を考える上で最も重要な論点の一つがデータだと思っています。
AIの技術はあるわけです。しかし、そのAIに学習させるためのデータにアクセスできないという現状にあります。
維持管理事業者が持つ運転データだけではなく、自治体が持っているデータについても、自治体ごとにデータの持ち方が違いますし、フォーマットも違います。仮にそれを企業が使おうとすると、誰のデータなのか、どういう手続きで使えるのかが分かりません。
AI技術の開発以前に、データを使える環境を整える必要があると考えています。
竹田 現場ではさらに、データを外に出すことへの抵抗があります。
先ほど話したように、維持管理事業者にとって運転データはノウハウそのものです。実際に運転データを蓄積し、意味のある形にしてきたのは現場の事業者だという意識もあるでしょう。
そこへ別の企業が来て、「AI開発のためにデータをください」と言っても、簡単には渡せないと思います。
―そもそも運転データは誰のものなのでしょう。
山村 そこを議論しなければならないと思います。
下水道は市町村の事業です。そう考えれば、データ管理や利用の判断は市町村にあるという整理になります。
しかし、「データは誰のものか」ということを自治体ごとに個別判断をしていると、AI活用は進みません。議会承認が必要なのか。公平性の観点から入札が必要なのか。特定の一社に提供すれば、他社にも提供しなければならないのではないか。そういう議論になってしまいます。
そうなると、結果として、使えるデータがあっても使われなくなるでしょう。
竹田 だから、一定のルールが必要だと思います。
例えば国が共通フォーマットを作るのが一手だと思います。一定の条件を満たした企業であれば、そのルールに基づいて自治体データを利用できるようにする。そうすれば、セキュリティ上の懸念にもある程度対応できると思います。
日本のインフラデータを使って、海外企業が自由にサービスを作ることをどう考えるのか。そこまで含めてルールが必要ではないでしょうか。
―データセンターのような仕組みは考えられませんか。
山村 私はあり得ると思います。
複数の自治体からデータを集め、一定のルールで提供するわけです。例えば大学の研究なら無償、企業の研究開発なら有償にするなどです。
その収益を自治体に還元する仕組みも考えられますね。重要なのは、データは使われなければ意味がないということです。
―国が集め、一元管理することはできないのでしょうか。
山村 そこは簡単ではありません。なぜなら、下水道は市町村事業ですから。
国が「全部集めます」と言っても、なぜ国が市町村の事業データを持つのか、説明が必要になります。
山野井 繰り返しになりますが、自治体のデータを公開しようとすると、議会承認や公平性の問題も出てきますね。一社だけに使わせていいのか、という話になるでしょう。
しかし、そのたびに入札や個別手続きをしていたら、技術開発のスピードに追いつけません。ですから、データの取り扱いルールをあらかじめ整備する必要があると思います。
国が共通フォーマットや利用条件を示し、一定の基準を満たす企業が利用できるようにする。そうした制度設計は必要だと思います。
―AIの議論をしていたはずが、実はデータガバナンスの話になってきました。
山村 まさにそうだと思います。
AIを入れるかどうか以前に、データを誰が持ち、誰が使い、誰が守るのか。その基盤がなければ進みません。
AI時代に必要な人材とは
―これまでのお話は、人材の議論にもつながりますね。
AI活用を前提にすると、土木などだけではなく、異なる分野の人材が必要とされそうです。
山村 先ほど「翻訳者」という話をしましたが、今後はますます「翻訳者」が重要になると思います。
現場を知っている。技術もある程度分かる。そして、「この課題に、この技術を使えるのではないか」と考えられる。そうした人材です。
AIの専門家だけでも、下水道の専門家だけでも足りません。その間をつなぐ人材の育成が必要です。
山野井 データにアクセスできるようになれば、「このデータから何ができるか」と問いを立てる力が重要になります。
ソリューションを作る人は別にいてもいいですし、メーカーでも、コンサルタントでもかまいません。重要なのは、現場の課題を理解し、データを見て、「こういうことができるのではないか」と考える人です。
竹田 私も、これから必要なのはAIだけを知っている人ではないと思います。
データの取り扱いやセキュリティ、システム接続、調達、契約、責任など、そういう問題を横断して議論できる人が必要です。
自分の専門分野だけに限らず、多方面に知識やノウハウを広げていく力が求められると思います。
―AI人材というと、ついAIのプログラムを書く人かと思いがちですが、そうではないということですね。
竹田 そうです。むしろ下水道では、技術と制度と現場をつなげられる人が重要になると思います。
―AIに期待される領域として、ベテランの経験の継承があると思います。特に下水道では、熟練者の「勘」や「経験」が重要だと言われてきました。それはAIで継承できるようになるのでしょうか。
山野井 全てを置き換えるのは難しいと思いますが、ベテランの操作を学習し、再現することは可能です。
さらに、生成AIとの対話を使えば、「なぜその操作をしたのか」といった、判断の背景まで残せる可能性があります。
例えば、ある数値を変更した時に、システムが「なぜ変えたのですか」と聞く。それに人が理由を答える。その積み重ねによって、これまで頭の中にしかなかった判断理由が言語化されるでしょう。私は、そこに大きな可能性があると考えています。
―ベテランの「答え」をコピーするだけではなく、答えに至る考え方を残すことが重要ということですね。
山野井 そうです。もちろん、全てを言語化できるわけではありません。しかし、これまで失われていたものの一部を残せる可能性はあります。
若狭 現場では、数値だけでは分からないこともあります。
例えば、音が違う、とか、臭いが違う、とか、もっと言うと、なんだかいつもと何か違う。そういう感覚があります。
そこにAIが入ることで、そういう経験や感覚が失われる可能性はあると思います。
一方で、人が減っているのも現実です。熟練者が退職し、技術継承が難しくなっていることは間違いありません。だから、AIを使わないという選択肢も現実的ではないと思っています。
―AIか人か、ではないということですか。
若狭 そう思います。人とAIをどう組み合わせるかです。
―では、若手技術者には何が求められるでしょうか。
AIがあれば、昔ほど現場経験は必要なくなるのでしょうか。
山村 私は逆だと思います。AI時代だからこそ、現場を理解することが重要になります。
例えば、AIは答えを出してくれますよね。しかし、その答えが本当に妥当なのか判断するには、対象を理解していなければなりません。
AIがもっともらしい答えを出した時に、「これはおかしい」と言えるかどうか。そのためには、現場の知識が絶対に欠かせません。
―AIを使える力より、AIを疑える力が大事なんですね。
山村 そうですね。さらに言えば、「何をAIに聞くのか」も重要です。問いがなければ、AIは使えませんからね。
現場を見て、「ここに問題がある」「このデータとこのデータを組み合わせれば何か分かるのではないか」と考えられるかどうか。そういう力も重要になります。
AIは下水道業界をどう変えるか
―企業があるルールの下で自由にデータにアクセスできるようになれば、業界外から新しいプレーヤーが入ってくる可能性もありますね。
山野井 期待したいのは、データをより多くの人が利用できる環境です。多くの人がアクセスし、利用できる。その結果として、新しいソリューションが生まれる。そういう方向に進めばいいと思います。
データにアクセスし、「これができるのではないか」と問いを立てる人も出てくるでしょう。その人は必ずしも従来の水インフラ企業でなくてもいいと思います。異業種のメーカーでも、コンサルタントでもいい。
生成AIも、大量のテキストデータを学習することで能力を高めてきました。下水道でも、データを起点に新しいサービスが生まれる世界に近づいてほしいと願っています。
―異業種からの新規参入はウエルカムですか。
山野井 そうですね。ただし、その時には別の問題が出てきます。調達をどうするのか。セキュリティをどうするのか。システムをどう接続するのか。契約をどう設計するのか。そして責任をどこに置くのか。
むしろAIそのものより、データ基盤、セキュリティ、調達契約、責任分担の議論が必要だと思います。
―今後、AIによって、下水道業界の在り方そのものは変わると思いますか。
竹田 業界の枠組みがすぐになくなるとは思いません。ただ、業界再編はかなり進むと思います。
すでに道路など他のインフラ分野との連携が出てきていますし、建設業だけでなく、鉄道、電力など異分野の企業もインフラ事業への関心を広げています。
そうした時に、今の水インフラ業界が残っていけるのかどうかは心配なところがあります。学生の立場で言うと、海外なら水分野の大企業が明確に見えるのですが、日本ではどのような会社があるのかが非常に分かりにくい状況にあります。
というのも、日本では、建設会社、プラントメーカー、管材メーカー、コンサルタントなど、多数の企業が役割分担をして、それぞれが水インフラに関わっているからです。
だから、「水インフラの仕事がしたい」と思った学生に、「では、どの会社に行けばいいのか」と聞かれると、簡単には答えられません。今後は再編が進み、企業の役割も変わっていく可能性があると感じます。
―確かに日本の水インフラ業界は、コンサルや機械など、かなり縦割りです。その縦割りをAIが崩し、業界横断を促す可能性はありそうですね。
竹田 その可能性はあると思います。ただ、だからこそ調達制度や契約制度も変えなければならない。従来の発注の仕組みのまま、新しい企業だけ入ってきても機能しないと思います。
AIの失敗にどう向き合うか
―ここで避けて通れないのが責任の問題です。
AIが出した答えに従って事故が起きた場合、誰が責任を負うのでしょうか。
山村 それはAIの使用者の責任になりますね。
山野井 そうですね。ですのでメーカーとしては、使用者に対して「AIが出した答えをそのまま使ってください」とは言えません。
だから最初は、熟練者の判断を再現するところから始めます。あるいは、AIはあくまで支援にとどめ、最終判断は人が行うようにします。
しかし、AIの性能が上がれば、その境界は変わっていくでしょう。重要なのは、なぜその答えを出したのか検証できることだと思います。判断過程が完全なブラックボックスでは、説明責任を果たせません。
竹田 現場感覚で言えば、「AIが判断したから」という言い訳が出てくるのが一番怖いです。失敗した時に、「AIがそう言ったので」ということがあってはなりません。
―ただ、人間も間違えますよね。
竹田 そうなんです。そこが難しい。
人間の判断ミスは今もあります。それなのに、AIだけに100%の正確性を求めるのかという問題もあります。
山村 その議論は必要だと思います。
AIの精度が人間より高くなった時、それでも「AIだから使わない」と言えるのか。
逆に、人間が最終判断をしたという形式だけ残して、実際にはAIの答えを追認するだけになったら、それは本当に人間が責任を持っていると言えるのか。
責任の所在を単純に「最後にボタンを押した人」に置くのではなく、システム全体として考えなければならないと思います。
―もう一つ伺います。
精度は非常に高い。しかし、なぜその答えになったのか説明できない。そういうブラックボックスAIは、公共インフラで許されるのでしょうか。
山野井 少なくとも、検証できる余地は必要だと思います。
答えだけが出てきて、「なぜかは分かりません」では、実際の現場で使うのは難しいでしょう。特に公共インフラでは、何か起きた時に説明できる必要がありますからね。
山村 公共性という観点では、単純な精度だけでは評価できないと思います。
例えば、非常に高精度だけれど説明できないAIと、精度は少し落ちるけれど説明できるAIがあった時、どちらを選ぶのか。
民間サービスなら、精度を優先する判断もあるでしょう。
しかし公共インフラでは、説明可能性そのものが価値になる場合があります。
―精度が高いAIが、必ずしも公共インフラにとって最良とは限らないわけですか。
山村 そうです。何をもって「良いAI」とするのか。そこに、公共インフラとしての思想が必要になります。
―よく「最後は人間が判断すればいい」と言います。それで本当に解決するのでしょうか。
山野井 人間を残せば解決するとは限らないと思います。
自動化が進み、人が普段ほとんど操作しなくなった状態で、異常時だけ突然「人間が判断してください」と言われても難しいですよね。
日常的に運転していない人が、最も難しい瞬間だけ判断できるのでしょうか。
これは他分野でも問題になっています。
若狭 現場では、普段から設備を見ているから分かることがあります。先ほど話した音や臭いもそうです。
日常を知らなければ、異常は分かりません。だから、どこまでAIに任せ、どこを人に残すのかは慎重に考えなければならないと思います。
―「人を残す」だけではなく、「人が判断できる状態をどう残すか」が必要なのですね。
何のためのAIなのか
―もう一つ伺いたいのが自治体間格差です。現在も、技術力、財政力、老朽化の状況などに大きな差があります。
AIはその格差を縮めることができるのでしょうか。それとも、AIを使える自治体と使えない自治体に分かれ、さらに格差を広げてしまうのでしょうか。
山村 両方あり得ると思います。
理想的には、AIによって小規模自治体でも高度な技術支援を受けられるようになりますし、熟練職員がいなくても過去の知見や他自治体のデータを活用できるようになります。そうなれば格差は縮まるはずです。
しかし現実には、AIを導入できる自治体は、もともと人材や財源がある自治体かもしれません。なぜならデータを整備し、システムを導入し、運用できる人材が必要だからです。今のままの進め方では格差が広がる可能性もあると思います。
山野井 だから共通基盤が重要だと思います。
自治体ごとに一からAIを作るのは非効率です。データ形式もシステムもバラバラなままでは、小規模自治体ほど不利になります。
一定の共通基盤を整え、その上で各自治体が利用できるようにする。そうしなければ、AIは格差是正の道具になりません。逆に言うと、共通基盤を整えることで、格差是正につなげられると思います。
竹田 広域化の議論との関連性も深いと思います。
自治体単独で全てを持つのではなく、複数自治体でデータやシステム、人材を共有する。AIは、そういう仕組みと組み合わせた方が効果を発揮するでしょう。
―AI導入を個別自治体の問題として考えること自体に限界がありそうですね。
山村 そう思います。
―ここまでのお聞きしてきて、改めて伺いたいと思います。
そもそも、下水道は何のためにAIを導入するのでしょうか。人手不足の解消でしょうか。コスト削減でしょうか。安全確保でしょうか。それとも、市民サービスの向上でしょうか。
山村 私は、人口減少社会の中で下水道サービスを持続させることが大きな目的になると思います。
人が減る。財源も厳しくなる。一方で、施設は老朽化する。今までと同じやり方を続けることは難しい。その中でAIをどう使うかが重要ではないでしょうか。
若狭 現場からすると、人が減っていく中で、今のサービスをどう維持するかという問題があります。
AIが人がやっていることを全部置き換えられるとは思いません。でも、人がやらなくてもいい仕事、人よりAIの方が得意な仕事は任せていく必要があると思います。
山野井 技術側としても、AIを導入すること自体が目的ではありません。
AIを使うことで、今までできなかったことができる。あるいは、人がより重要な判断に集中できる。そういう形が望ましいと思います。
竹田 経営の視点では、費用対効果は避けられません。ただ、単純に人件費が何人分減るという話だけにすると、現場の抵抗が生まれます。
安全性が上がる、技術継承ができる、サービスを維持できる。そういう価値も含めて考えなければならないと思います。
―下水道は、生活者が日々ほとんど意識しないまま利用している公共インフラです。だからこそ、AIによって何が便利になるのか、何が安全になるのか、何を次世代に残せるのかを、生活者の言葉で説明する必要があるように感じます。
AI時代の下水道の未来
―最後に伺います。AIによって、未来の下水道はどのような姿になっているでしょうか。「こういう未来ならいい」というイメージはありますか。
若狭 今日、午前中に子どもたち向けの下水道教室をやってきました。子どもたちのキラキラした目を見ていると、例えば「未来はAIの知能を持ったロボットが下水道を管理しています」と話したら、すごく喜ぶだろうなと思ったんです。
AIでもロボットでもいい。大切なのは、下水道で何をやっているのか知ってもらうことです。下水道は見えない仕事です。でも、見えないままでいいわけではない。
AIが導入されても、ロボットが導入されても、下水道の仕事をきちんと見せ、知ってもらい、その価値を理解していただく。そして、必要なお金を負担していただく。そこは忘れてはいけないと思います。
―技術が変わっても、下水道の価値を社会に伝えることはやめてはいけないということですね。
若狭 そうです。
山村 AIでゲームを作ってみようと思っています。それを住民の人に遊んでもらうことで、このまま放っておくと、何年後に道路が何カ所で陥没するとか、そういう未来像を分かりやすく伝えられる可能性があると思います。
―本日の議論を聞いていて、AIは下水道の課題を解決してくれる魔法の杖ではないということがよく分かりました。
問われているのは「AIで何ができるか」だけではない。AIに何を任せ、人間に何を残すのか。そして、何よりも大事なことは、そのAIを使って、どのような下水道をつくるのか、という思想だと感じました。
だからこそ必要なのは、「AIか人か」という二者択一ではありません。どこまでAIに任せるのか。どこに人間の判断を残すのか。誰がその境界線を決めるのか。そして、その選択が生活者にどのような価値をもたらすのか。
技術の進歩だけでは決められない問いに向き合うことこそ、公共インフラにAIを導入するということなのかもしれません。今日はありがとうございました。