リスク社会と地域づくり(8) 特定非営利活動法人まぢラボ代表理事 石本 貴之

「地域の見える化」から始める合意形成

前回、少子多老化が進展し、私たちの暮らしに持続不可能な兆候が表れる中、互助・共助の力を発揮する小規模多機能自治が一つの解決策になると提案した。

小規模多機能自治に取り組むには、「自分たちで決めて、自分たちで担う」という集団的自己決定力が高まっている必要があるが、つまり、それは地域コミュニティ内での合意形成ができていることにほかならない。

地域コミュニティにおける合意形成には、誰一人取り残さない観点から、住民一人ひとりのニーズに寄り添った包括的な活動・事業が求められる点(裨益者の視点)と、一人ひとりの発想から生まれる活動・事業を支えるという点(主体者の視点)の2つがある。

いずれの場合においても地域の課題などに対する「ワガコト化」がなされているかが鍵となる。地域の課題を我が事として捉えているからこそ、動機づけが生まれ、合意形成し、参加と協力が生まれやすくなる。

その手段として、私たちは「地域の見える化」に取り組むことから始めることをお勧めしている。さまざまな手法があるが、可能な限り地域の現状を定量化することで、目線を合わせやすくし、対話の入口とする。

例えば、「全住民アンケート」という手法では、中学生以上の住民全員に回答してもらうことで、年代・性別など属性によって異なっている地域に対する捉え方を把握する。主に世帯主である男性の声が反映されることが多い地域コミュニティにおいて、若者や女性が地域をどのように捉えているかを知ることに役立つ。

地域づくりのプロセスとしての「見える化」

実際に私が関わった新潟県妙高市の瑞穂地区のケースを取り上げる。2017年当時、300人強の人口の同地区で「全住民アンケート」を実施したところ、回収率が91%とほぼ全ての住民が回答した。配布・回収に尽力してくださった地区の役員の方々の努力の賜物であるが、それと同時に、住民の方々の関心の高さが伺える。

肝心なことは、アンケート実施後に自分たちで課題を検討していくプロセスによって見える化された地域の課題などを「ワガコト化」していくことである。そのために、結果を元にして対話する機会を必ず作ることにしている。

同地区では、字単位で計5回のアンケート報告会を開催した。結果を元に、より具体的な地域の実情を話し合うことで、「地域住民の交流の機会、居場所がないこと」「移動のための交通手段の確保」「若い世代に地域の情報が伝達できていないこと」などの課題が改めて整理され、その対応策を地区の協議会や地域づくりNPOが連携して取り組むことになった。

結論だけ見ると、それほど特別な課題があるわけでもないかもしれない。しかし、数字として地域の実情を見ることによって、話し合いが空中戦に陥らず、納得度合いが高まっていき、合意形成がしやすくなっていく。

「交流の機会」に対して、翌年には「みずほ市」という直売所をスタートさせた。毎年春から秋まで、週1回の頻度で、地域で採れた農産物を中心に販売しており、今年で4周年を迎えた。「地域の情報伝達」に対しては、回覧していた協議会だよりを各個配布に変更した。その他にも、ウェブでの情報発信の拡充、シニア向けのSNS講座、認知症予防の料理教室開催など、課題に対応した活動が多く生まれた。

まだ取り組むべき課題は残るが、アンケートを元にした地域づくりによって、「課題・住民のニーズが見える化され、取り組む方向性が明確になった」「部会長に女性が就任したことで、そのつながりから活動に参加する女性が増え、女性活躍が進んだ」といった成果が現れたという声があがっている。

このように、一つひとつは小さくても住民のニーズに根ざした活動が住民の力によって育まれ、互助・共助の力が高まることが小規模多機能自治の価値でもある。

ただし、「見える化」したからアクションが生まれるわけでもない。アンケートが目的化してその後何も活動できていない地域もある。「見える化」は地域づくりのプロセスとして生かしていくことが大切となる。

緊急時にも自治の力は発揮される

小規模多機能自治に取り組み、住民自治の力が高まっていくと、災害のような緊急時にもそれに対応したアクションが地域コミュニティによって始まる。

新型コロナウイルス感染拡大の初期に特別定額給付金が支給された際、単身の高齢者世帯や障害を持っている方に対して申請状況を確認し、書類作成から申請までの支援を行っている地域コミュニティが複数あった。

また、22年8月の豪雨で被害を受けた新潟県村上市の高根集落では、行政からの支援だけに頼らずに独自に災害ボランティアセンターを立ち上げて、外からのボランティアを募って復旧を進めた。

それぞれに状況は異なるが、平時から小規模多機能自治が機能し、「自分たちで決めて、自分たちで担う」という意識が浸透しているからこそ生まれたアクションだろう。

リスク社会においては、効率性や経済合理性では解決できない課題が地域には多く残っている。小規模多機能自治のように地域コミュニティ固有の課題に対して互助・共助で解決を志向する取り組みの重要性が増しているといえるだろう。

特定非営利活動法人まちラボ代表理事 石本貴之
特定非営利活動法人まちラボ代表理事 石本貴之
全住民アンケート報告会の様子
全住民アンケート報告会の様子