下水道カーボンニュートラルの課題と展望 環境システム計測制御学会名誉会員 中里 卓治

キックオフ

下水道カーボンニュートラルは、国土交通省下水道部が2022年3月に発表した「脱炭素社会を牽引するグリーンイノベーション下水道」と名付けた下水道政策研究委員会脱炭素社会への貢献のあり方検討小委員会報告書(委員長=花木啓祐東洋大学教授)がスタート点になっています。ここでは、下水道事業は地球温暖化対策計画の2030年カーボンハーフ、2050年カーボンニュートラルの実現に向け、下水道施設自体の省・創・再エネ化を進めるとともに、多様な主体と連携を進めることが重要、としています。そして、下水道を拠点とした新たな社会・産業モデルを創出して社会の脱炭素・循環型への転換を先導する「グリーンイノベーション下水道」を目指すべき、とまとめています。

この報告書を踏まえて、全国の自治体は脱炭素社会を目指した構想、中長期計画作成に着手しました。東京都下水道局では昨年4月に「下水道カーボンハーフ実現に向けた地球温暖化対策検討委員会」(委員長=中島典之東京大学教授)を立ち上げ、11月には最終報告書を発表しました。本報告書によると、30年度のカーボンハーフ実現に向けた見込みとして下水道事業からの温室効果ガス(GHG)排出量51%削減を目指しています。さらに、50年のカーボンニュートラルを実現するには、水処理、汚泥処理とも多くの課題があり、さらなる先進技術や革新的技術の開発・導入が必要、と記しています。

電力削減

下水道から排出されているGHGの発生量比率をみると、図1のように処理場電力とポンプ場電力に由来するGHGが61%と過半を占めています。残りは下水処理と汚泥処理から発生するGHGおよび汚泥焼却炉の補助燃料排ガスです。したがって、30年までにGHGを半減するには、下水処理で消費している電力を毎年2%の割合で削減することと、汚泥処理で発生しているN2O(一酸化二窒素)を汚泥焼却炉の高温燃焼化で大幅に抑制することです。消化ガス発電や廃熱発電の創エネも大切です。

海外事例

昨年11月に仙台市で開催された、JSWA(日本下水道協会)とEWA(欧州水協会)、WEF(米国水環境連盟)が主催する特別会議で、ドイツのトルステン教授がボットロプ下水処理場のエネルギー自立プロジェクトを発表しました。その中で教授は、10年にエネルギー自立を計画し、20年には図2のように年間電力発電量5万2525メガ㍗時が年間電力消費量4万8500メガ㍗時を約8%上回ったと説明しました。

その方法は、消化ガスを用いたコジェネレーション設備の更新や流動床式汚泥焼却炉廃熱発電設備の新設、水処理設備の更新と運転改善による省エネでした。水処理の年間電力消費量は、図にはありませんが10年に比べると20%削減しました。汚泥処理は、敷地内に巨大な温室のような脱水汚泥天日乾燥施設を新設し、約6日間かけて汚泥含水率を低下させ、廃熱発電量を増加させました。雨水ポンプは雨水と地下水を運河に排水する施設で10年以降に追加された施設です。これも加えたものが年間電力消費量です。 

一方、年間電力発電量は消化ガスのガスエンジンと廃熱発電設備の蒸気タービンを高性能化して熱効率を大幅に上昇させました。さらに、発電量としては多くはありませんが、太陽光発電と風力発電を新設しました。この結果、当下水処理場では10年には年間2100メガ㍗時の電力を購入していましたが、20年には約6千メガ㍗時の電力を売却することができました。ただし、保守管理などで廃熱発電設備が停止している期間は年間で2千メガ㍗時の電力を外部から購入したそうです。結局、下水処理場は約4千メガ㍗時の電力を外部に売却することができました。

エネルギー自立

当下水処理場がエネルギー自立を実現できたことは画期的なことです。しかし、どこの下水処理場でもできることではありません。当下水処理場の下水処理能力は130万人分だそうですが、汚泥処理には周辺の関連施設から270万人分の汚泥を収集していました。また、日本では考えられないことですが脱水汚泥の含水率を下げるために6万平方㍍の巨大な敷地に温室風の施設を建設して年間22万㌧の脱水汚泥を天日乾燥しています。乾燥中の汚泥のうね返しには専用ロボットが活躍しています。このような努力を重ねてエネルギー自立へと一歩進んだのです。

さらに再エネについては、風力発電は高さ100㍍、ローター径120㍍の巨大な施設を建設して出力3千㌔㍗、年間5500メガ㍗時の発電量を得ました。太陽光発電は出力40㌔㍗の小規模設備で年間25メガ㍗時の発電量です。

なお、電力は発電と消費のピークが時間的にずれると外部電力を購入することになります。この事態をできるだけ避けるには、大容量の蓄電池を設置する必要があり、当下水処理場では近い将来に500㌔㍗の蓄電池を設置する計画があるそうです。 

パネルディスカッション

下水道の脱炭素化については、昨年の12月に横浜市で開催された写真の環境システム計測制御学会研究発表会のパネルディスカッションで活発な意見が飛び交いました。国土交通省の松原誠下水道部長は、脱炭素に向けては浸水対策などの緩和対策とGHG削減などの対応策の両面が重要と口火を切り、N2O対策は下水道特有のテーマで、省エネや創エネで貢献するとともに、他分野連携として農業利用などの道も広げて下水道が地域の脱炭素のコアになりたいと述べました。

日本下水道事業団の弓削田克己技術開発審議役は、数の上では日本の下水処理場の過半を占めている小規模施設の脱炭素化への難しさを示すとともに、不明水の対策や家庭レベルでの節水対応が大切、との意見を表しました。

横浜市環境創造局の平野哲雄下水道施設部長は、横浜市ではすでに脱炭素条例を制定し、現在作成中の局の中期経営計画では浸水対策、老朽化対策と並んで脱炭素対策が柱になる予定であると述べました。

京都大学の西村文武准教授は、反応槽に変動があるとN2Oが発生しやすくなる可能性があると述べ、下水道側では気づかない解決策があるかもしれないので情報公開やモニタリングが大切、と指摘しました。また、脱炭素を進めるに当たっては、見える化やセンシング技術、他分野交流が重要であると述べました。

次に、日立製作所の圓佛伊智朗主管研究員は、下水道処理水で藻類育成を積極的に行うことでGHGのネガティブエミッションを実現する考えを示しました。また、西村先生の発言を受けて、脱炭素が下水道分野のバウンダリー(境界線)を見直すきっかけになるのではないかと発言しました。

JFEエンジニアリングの金森聖一事業部長は、脱炭素に適した下水道革新的技術実証事業(B―DASHプロジェクト)の技術として、焼却炉の廃熱発電と局所撹拌空気吹き込み技術をあげ、既存の炉を改造して創エネとN2O除去を行って脱炭素にキャッチアップしていく可能性を述べました。

技術

以上のような有識者の議論を聴くと、30年と50年に向けた脱炭素社会への下水道の貢献には、技術とともに制度や市民の生活が大きく関わっていることが分かります。

技術では、散水ろ床を積層してタンクに収めた新型散水ろ床式の採用や精密ろ過膜、逆浸透膜の性能向上を期待したいです。とりわけ、現在は手薄な小中規模施設への展開は喫緊です。下水道は公衆衛生の確保や水質浄化という本来の目的の他に、沿岸放流で藻類育成を行い植林のような炭素固定によるCO2削減にも貢献できる点を注目すべきです。

なお、下水道管路からのN2OやCH4(メタン)の放出については、これまではあまり検討してきませんでしたが、50年に向けていずれ課題になるはずです。これには管路浄化法という技術が実証段階にあり、今後に期待したいです。

制度

制度については、下水汚泥とごみ処理との一体処理は規模の利益があることから脱炭素に向けて加速していくでしょう。その際、下水汚泥や生ごみ、食品ロスなどは資源として扱い、消化ガス発電や廃熱発電で創エネするときにごみと下水道との合理的な棲み分けがポイントになります。

また、当面対処すべき改善点は放流基準の見直しになるでしょう。パネルディスカッションでも複数のパネラーから発言がありましたが、地域に適したローカルルールが必要です。すでに放流先でカキやノリの養殖をしているところでは、放流水に含まれる栄養塩類を季節ごとに制御する方向に進んでいますが、このような処理から制御への動きが今後ますます展開していくでしょう。

生活

下水道は生活密着型のインフラです。下水道の脱炭素社会への貢献を考えるときに避けられないのが市民生活レベルでの検討です。下水道における究極の脱炭素は下水を流さないことです。もちろん、公衆衛生レベルを損なわないことが前提です。そのようなことができるのかと疑う読者もいらっしゃるかもしれませんが、自動車排ガス規制の歴史を持ち出すまでもなく、最終的な到達目標を掲げた課題解決には日本の技術は卓越しています。

脱炭素社会の最終目標はカーボンニュートラル、場合によってはカーボンネガティブですから、家庭から下水が大幅に減れば可能です。その先がけは節水であり小規模分散再生水利用です。WOTA社のシャワーWotaBoxや手洗い器Woshはその第一歩で、水循環のフットプリント(資源消費)をできるだけ小さくして地産地消に近づけるということです。しかもスマートに、です。下水が減れば上水供給も減ります。それでも下水や汚泥は発生しますから、そこは既存の下水道インフラを生かして対応することになります。このような下水道と使用者との関係性の変化には、見える化すなわち下水道使用者への情報提供、情報共有が欠かせません。

まとめ

下水道の脱炭素化は歩み出しました。50年に向けて不確定要素はあるものの引き返すことはできません。となれば、技術、制度、生活の総力戦でカーボンニュートラルを達成するしかありません。その覚悟を抱き、第一歩を進めるのが23年です。23年に日本の下水道は大きく変わった、と後世に記されるような年にしていただきたいです。

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環境システム計測制御学会名誉会員 中里卓治
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図1 下水道からの温室効果ガスの発生比率(%)(2018年600万トン)
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環境システム計測学会パネルディスカッション「カーボンニュートラル実現に向けた下水道の取り組み」
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図3 2050年カーボンニュートラルに向けたイノベーション
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図2 ボットロプ下水処理場の2020年電力収支