環境福祉学講座(184) 環境福祉からウェルビーイングを見る(4) 企業によるウェルビーイングの動向
労働者の健康状況
中学1年になって早々、社会科の先生が結核に罹患したため休職された。教頭が代わって1年間教えていただいたが、急に教壇に立った教頭の授業は、生徒の目にも準備不足が明らかだった。
同様なことが高校1年の時にも起きた。担任の先生が学年途中で結核のために休職をした。休職に当たって、療養せざるを得ないと無念の心うちを話してくれた。
このような経験から、私は結核の恐怖が刻み込まれているが、近年の社会では結核を過去の病気だと認識されるようになった。確かに結核罹患率は低下し、抗生物質によって治る病気になったが、未だに年間1万人の患者が発生している。特に高齢者の結核患者が増えている。さらに最近は、途上国からの若年の外国人労働者に結核患者の増加傾向が見られる。
従って、結核対策はなおざりにしてはいけないが、最近、労働者の健康で心配されるのは、メンタルヘルスである。外面からは予兆が感じられなかったが、従業員が突然メンタルヘルスの不調で休み、事業継続に支障を生じたとよく聞く。
厚生労働省の『令和6年労働安全衛生調査』によると、過去1年間(2023年11月1日から24年10月31日)に、メンタルヘルスの不調により連続1カ月以上休業または退職した労働者がいた事業所の割合は、12・8%となっている。
事業所規模では大規模になるほど割合が高くなる。業種別では情報通信業の割合が高い。職場でのストレスが影響するのだろう。
近年は、情報化の進捗による業務内容の複雑化、パワハラ・セクハラ・カスハラが典型的だが、人間関係の深刻化などによりメンタルヘルスの問題は増大する一方だ。
24年の厚生労働白書は「こころの健康」をテーマにしている。白書では「こころの健康」を「人生のストレスに対処しながら、自らの能力を発揮し、よく学び、よく働き、コミュニティにも貢献できるような、精神的に満たされた状態」と定義している。これは、世界保健機関(WHO)が22年に発表した「世界メンタルヘルス報告書」で用いられている定義を参考にしたが、同報告書では、メンタルヘルスは健康とウェルビーイングに不可欠な要素であると述べている。
企業の取り組み
近年、ウェルビーイングの向上を目指す企業が増加している。このためには、従業員の健康や生きがい等を高めることが重要になってくる。
経済産業省は企業の「健康経営」を推進している。「健康経営」の定義は、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することとしている。従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されるとしている。
「健康経営」を普及するため、16年度から健康経営優良法人認定制度を実施しているが、24年度までに申請件数が2万4千社に上っている。企業の具体的な取り組みは、健康診断受診率の向上、メンタルヘルスケアの充実、禁煙・運動習慣の促進などである。
しかし、これらの取り組みの多くは企業内にとどまっているのが難点である。健康は従業員を取り囲む環境の影響を強く受ける。昭和40年代のように公害被害が深刻化していては、本人や企業がどんなに努力していても健康は悪化する。近年進む大都市の人工的な環境はメンタルヘルスに良い影響を与えない。
冒頭に述べた結核対策も環境が極めて重要である。19世紀後期のイギリスの社会事業家オクタヴィア・ヒルは、結核を予防し住民の健康を守るために、地域のオープンスペースの確保と利用の重要性を訴えた。当時は貴族や資産家が広大な公園を囲み込み、住民の立ち入りを拒んでいた。そこで、ヒルは一般開放を求めて活動を展開し、今日イギリスではたくさんの公園が市民の憩いの場に活用されている。
東京都でも23年から「東京グリーンビズ」と称するプロジェクトを展開し、都市公園の増大、ベイエリアでの緑地率の引き上げ、街路樹の緑陰の確保、農地や屋敷林の保全等が進められているが、住民の健康向上に貢献していくだろう。
石川県小松市に本社を構えるコマニーは事務所や病院等で使用される間仕切りを製造しているが、30年までに会社が目指す姿として「Empower all Life~一人一人が光り輝く社会に貢献~」を掲げている。具体的な目標として、1億人のウェルビーイング向上と環境負荷50%削減を掲げている。これは、従業員の健康や幸福だけでなく、環境の向上を含め社会全体のウェルビーイングを視野に収めていることで、異彩を放っている。
