リスク社会と地域づくり(6) 地域におけるリスクと合意形成 その2「私たちの意志で未来を拓く」
リスク(Risk)は、ローマ時代のイタリア語のris-careに由来する言葉で、「(悪い事象が起こる可能性を覚悟の上で)勇気を持って試みる」という意味があったとされている。この語源から、地域におけるリスクを考えると、事故や事件、災害などの危険なことを単に指すのではなく、地域が自らの意志で何らかの選択をする時に生じうる危険とも捉えることができる。はて、地域自らの意志とは何か?
私は、どんな人生を送りたいか?
筆者は、市民や学生を対象とした参加型のまちづくりの研修や講義を担当することがある。そこでは、まちについて語る前に、「私は、どんな人生を送りたいか?」という問いを提示し、自分と向き合う時間をとっている。まちづくりには、主体的な参加が期待されるが、まず主体的であることを実感してもらうために、自分の人生について考えていただく。はじめは、あまり考えたことがない、思いつかないと言われるが、受講者同士が話を丁寧に聴き合ったり、対話をしたりする中で、自分なりの答えを見出していく。
以前、80歳を迎える方が研修に参加され、最後におっしゃったことが忘れられない。「私は、人生の終わり方を考えるために参加をした。しかし、この研修を終える今、人生にまた朝日が昇ってきたように感じている」と。自分の人生を考えるにあたり、年齢や置かれた状況にとらわれる必要はない。既存概念から自由になり、自分の心の内に耳を傾けていただきたい。
私たちは、どんな地域に生きたいか?
次のステップとして、こんな問いを提示する。「私は、どんな地域に生きたいか?」。地域と聞いて、想起することは何か。幼い頃お世話になった近所の方、よく遊んだ公園、一斉清掃やお祭り、自治会の運営などだろうか。そこからどんな地域に生きたいか、イメージを広げていく。最近、地域社会への女性の参画を促す連続講座を担当しているが、そこでは、地域で輝いている自分をイメージしていただいている。イメージの中で輝く自分を紹介する時、リアルな皆さんも不思議ととても輝いている。
そして、もう少し、問いの抽象度を上げる。「私たちは、どんな地域に生きたいか?」。私たちと複数形になると、誰かを思い浮かべる。家族、パートナー、友人、同僚、近隣の人、よく行くお店の人、学校、役所など。そういった方々と実際に話し合えると良いが、それが叶わずとも、自由にイメージを膨らませて、幸せで豊かな気分を味わっていただきたい。
私たちの意志を共有する
意志をもって明るい未来を描くことが、主体的にまちに生きる鍵だと考える。地域自らの意志とは、この地域を構成する一人ひとりの意志を統合したものではないだろうか。個人の夢を叶える手法としては、コルクボードに写真や雑誌の切り抜きなどを貼るビジョンボードがあるが、地域の場合は、多くの人と共有し、共感を得るために、イラストや写真、映像を使い表現する方法が有効であると思われる。
岐阜県中津川市神坂活性化推進協議会では、2014年に神坂地域のビジョンを住民参加型で作成し、それを「神坂の未来写真」として未来のアルバムで表現している。地域で子育てをする、川で子ども達が遊んでいる、特産品ができるなど当時のメンバーの想いが表現されている。これを公民館などに貼り、各戸配布を行った。この未来のアルバムがどの程度寄与したかは分からないが、市中心部とのアクセスが期待された神坂スマートインター、地域の拠点となることを期待されたクアリゾートなどは実現しつつある。
大阪府高槻市の社会福祉法人北摂杉の子会では、法人の5年後のビジョンを若手中堅職員7名が中心となり、法人スタッフ参加型で作成した後、その映像化を行った。文章で表現されたビジョンを映像化する過程で、ビジョンはより具体化され洗練された。完成した映像は職員、ご利用者、保護者、多くの関係者と共有することができ、理解と協力を得ながら、すでに法人の組織改正、新プロジェクトの立ち上げが行われ、職員の採用にも大きな効果を得ているとのことである。
進化する私たち
地域のビジョンを高齢の方に聞くと、「今のままがいい」と言われることが実際には多い。今が幸せだということで喜ばしい反面、変化が速く大きい時代に自ら現状維持を選択すると、中長期的には変化に対応しきれず極めて大きなリスクが生じる。地域のビジョンを描き、仕組みや慣習を変えるなら、コロナ禍で多くのことがいったん停止し、再び手探り状態で動き出した「今」だと思われる。
最後に、地域に多大な影響を及ぼすが、地域の意志を越えた危機に、気候変動やパンデミック、戦争などがある。気候変動については「緩和策」と「適応策」に加えて、「私は、私たちは、何を望むのか?」を主体的に考えた上で、自らの地域社会を変えていく「進化策」が必要なのではないか。国を超えた危機に対して、次の時代をつくる問いは、「私たちは、どんな国に生きたいか? どんな地球に生きたいか?」だと考える。大きな問いを掲げ、多くの方々との対話・合意形成を続けていきたい。
パブリック・ハーツ代表取締役 水谷 香織
