経済産業省イノベーション・環境局脱炭素成長型経済構造移行推進審議官兼GXグループ長 龍崎 孝嗣 氏に聞く
「GX2040ビジョン」で成長と脱炭素を両立
排出量取引制度を26年度から本格稼働
COP29受けJCMプロジェクト拡大
経済産業省イノベーション・環境局の龍崎孝嗣脱炭素成長型経済構造移行推進審議官兼GXグループ長は「GX(グリーントランスフォーメーション)の取り組みは、30年間の日本経済の停滞を打破する大きなチャンスだ」と語る。政府が年末にまとめた「GX2040ビジョン」をもとに「GX投資の実現に向け、排出削減と産業競争力強化に役立つ投資を後押ししていく」と述べた。

COP29、日本は地球規模の排出削減に貢献
――国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)が合意文書を採択し閉幕したが、どう受け止めたか。
今回のCOP29では、2035年までに少なくとも年間3千億ドルという途上国向けの気候行動のための資金目標が決定されるなど、各分野で今後の気候変動対策の取り組みの進展につながる成果が実現された。特に、排出削減・吸収量の国際的な取引を行うパリ協定第6条の詳細運用ルールが決定されたことを受け、 わが国における二国間クレジット制度(JCM)を活用したプロジェクトを拡大・加速し、世界の排出削減に貢献していきたいと考えている。
また、日本の脱炭素技術の展示も行われていた日本パビリオンでは、アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)における成果などを発信し、脱炭素・経済成長・エネルギー安全保障の同時実現などや、多様な道筋の中でネット・ゼロという共通のゴールを目指すことの重要性を世界に示した。
私自身もCOP29に参加し、日本の脱炭素技術が世界の排出削減に貢献していることを改めて実感した。また各国が、少しでも自国に有利な形でアジェンダセッティングやルールメイクをしようとする姿も垣間見た。
いずれにせよ、気候変動は人類共通の課題であり、国際社会全体が連携して取り組むべき重要なものだ。経済産業省としてもCOP29の成果を踏まえ、引き続き気候変動問題やGXにしっかり取り組むとともに、1・5℃目標に沿った排出削減努力を含め、地球規模での削減に貢献していきたい。
バランスを踏まえた次期NDCへ
――25年2月までに国連に提出するNDC(国が決定する貢献)の内容はどうか。
世界全体のCO2の排出量は、依然として増加しており、パリ協定の1・5℃目標の実現に向けて、世界全体で温室効果ガスの削減のための対策を強化していく必要がある。他方、わが国の温室効果ガス排出・吸収量の足下の減少傾向の背景には、生産活動等の低下が要因としてあげられるほか、さらなる排出削減に必要となる熱や原燃料の革新的な脱炭素技術がいつ確立し、いつ実装されるのか、また実装の実現可能性を大きく左右するコストがどうなるのか、といった課題もある。さらには、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に伴う電力需要増加によるエネルギーを巡る不確実性も高まっている。
このような状況下、24年6月から12月まで合計9回にわたり、環境省と経済産業省の合同審議会で、次のNDCおよび地球温暖化対策計画について議論いただいた。審議会でいただいた、多様な意見も踏まえ、24年12月末には、政府としての新たな地球温暖化対策計画およびNDCの案を示している。パブリックコメントを経て、各国からの国連への提出期限である2月の提出を目指している。
気候変動対策を進める上で、政府としては、エネルギー安定供給、経済成長との同時実現が必要だと考えており、次のNDCについても、それらのバランスを踏まえたものとすることが重要。さまざまな不確実性がある中で、その実現は決して容易なものではないが、50年ネット・ゼロの実現に向けて、GXの取り組みを加速化し、わが国の競争力強化を図るとともに、世界各国での現実的なトランジション(移行)にわが国の技術力で貢献し、わが国に比して排出量の多い国々を含め、世界全体の温室効果ガスの削減にも貢献していきたい。
米国の状況を注視しながらGXをさらに加速
――米トランプ大統領は1月20日の就任日にパリ協定の脱退を表明する見通しだ。バイデン政権の環境規制を大幅に緩和し、電気自動車の義務化撤回や脱炭素投資を支援するIRA(インフレ削減法)の執行停止に踏み込むことを公言している。日本の対応はどうか。
米国新政権の動向については、確かにパリ協定からの脱退や、インフレ削減法の見直し等の可能性が指摘されているものと認識している。
こうした動向は政府としても注視していく必要があるが、他方で脱炭素に向けた米国全体の取り組みについては、連邦政府以外の取り組みとしても、例えば、州政府による排出量取引制度や再エネ調達といった取り組みや、米国の巨大IT企業による脱炭素電源への大規模投資といった、多種多様な主体による取り組みが拡大してきていることも事実。
このような中で、わが国としては、米国の状況を注視しつつ、引き続き世界各国と連携しながらGXを推進し、産業競争力強化と脱炭素の同時実現を目指していく。
「GX2040ビジョン」で長期の方向性を提示
――政府は「GX2040ビジョン」案に基づき新たにどのような施策を展開するのか。また、先行投資支援の内容はどうか。
24年末の第14回GX実行会議にて、GX2040ビジョンの案を提示した。ロシアによるウクライナ侵略や中東情勢の緊迫化、米中対立、DXの進展や電化による電力需要の増加の影響など、事業環境の不確実性が高まっており、中長期的な見通しを持つことが重要になる。そのために、今回40年を見通したビジョンをまとめ、これを元に官民で予見可能性を高めてGXを加速させるための投資を拡大させていきたいと考えている。
GXの取り組みは、30年間の日本経済の停滞を打破する大きなチャンスだと考えている。GX産業への構造転換が起これば新しい投資が新たな地域に生まれる。その際に鍵となるのが、脱炭素電源であり、その近傍に新たな産業の集積が進む可能性がある。足下では、すでに半導体、蓄電池などの分野を先頭に、GXとDXの分野で多くの投資が進みつつあり、今年はこうした流れをより確かなものとすべく、企業の投資を促進しつつ、地域における脱炭素電源の整備を後押しする政策を検討していく。GX2040ビジョンは、パブリックコメントを開始したところであり、今後、広く意見を頂戴し、取りまとめていく予定だ。
また、すでにGX経済移行債を財源とし、例えば多排出産業の原料・燃料転換やペロブスカイト太陽電池や水電解装置のサプライチェーン形成の支援をはじめ、GX実現に向けた20兆円規模の先行投資支援を進めている。23年12月には支援の方針として、重点16分野にかかる分野別投資戦略を定めた。24年末には同じくGX実行会議にて、新たな予算措置も含めた分野別投資戦略を改訂したところだ。引き続き、10年で150兆円を超える官民GX投資の実現に向け、排出削減と産業競争力強化に資する投資を後押ししていく。
GX推進法改正案を通常国会に提出へ
――排出量取引制度の具体化に向けた取り組みはどうか。
政府は、23年7月に閣議決定した「GX推進戦略」に基づき、「排出量取引制度」を26年度から本格稼働する予定だ。これにより企業ごとのCO2排出量に無償枠を設け、その排出枠の過不足を企業間で取引することで、一定の企業に対して集中的・効率的に排出削減の取り組みを促し、エネルギーの安定供給を前提としつつ、カーボンニュートラルと経済成長を両立するGXの実現につなげていきたい。
本制度の具体化に向けて「GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループ」を設置し、24年9月から12月にかけて、有識者や産業界、関係団体の方々からの議論と議論を重ね、制度設計の基本的方向性を示した。具体的には、一定の排出規模以上の企業に対する制度参加を義務化した上で、政府指針に基づき排出枠の無償割当てを実施し、排出枠の上下限価格の策定などにより企業にとっての予見可能性を高めつつ、排出削減の動機付けを図る方向だ。これに伴い、25年通常国会でGX推進法改正案の提出を予定している。
日本モデルのサーキュラーエコノミー実現
――サーキュラーエコノミー(循環経済)の実現に向けた取り組みはどうか。
サーキュラーエコノミーの実現は、資源の再利用による製造過程でのCO2排出削減や廃棄物削減を通じて、GXの推進にも大きく貢献する。近年、欧州での市場創造型規制の強化など、世界でもサーキュラーエコノミーへの移行が進む中、そうした動きへの対応が必要である一方、資源価格高騰下でバージン材の輸入だけに依存し続ければ、国富流出が加速する恐れがある。そこで、日本の高度な資源循環技術を生かして国内に強固なサプライチェーンを確立し、循環資源強国を目指していく。この実現に向けて、産官学連携、投資支援、制度整備の3本柱でサーキュラーエコノミーへの移行に取り組んでいる。
産官学連携に関しては、「サーキュラーパートナーズ」を立ち上げ、570者を超える多様な会員の皆様と、製品・素材ごとの課題の抽出、資源循環のロードマップの策定などに向けて議論を深めている。
投資支援については、GX移行債を活用し、研究開発から実証・実装まで一貫した支援を通して、24年からの3年間で100億円の支援を行っていく。
制度整備については、対応の必要性の高い一定の再生材の利用に関する計画策定や実施状況の定期報告の義務付け、環境配慮設計を促進するトップランナー認定制度の創設などの方向性を取りまとめた。
これらの取り組みを加速することで、日本モデルのサーキュラーエコノミーを実現し、さらなる経済成長に向けて尽力していく。
