環境福祉学講座(169) 恩賜財団済生会理事長 炭谷 茂 漁業の歴史からみる環境福祉(5) 高齢化する漁村と未来

江戸時代の漁村の形成

江戸時代に入ると、漁民が定住化し、今日各地で見られる漁村が形成されるようになった。

幕府は農民が専業的に漁民になることを制限したので、自家消費のためだけに漁撈を行う半農半漁の世帯が集まる漁村が形成し、磯付村と称された。一方、従来から漁業に従事してきた者には専業的な漁業を許可した。これらの世帯が集まる漁村は浦と称された。この政策によって漁業従事者や漁村の数は限定され、他からの新規流入は制約された。

漁村は漁場に近接し、良港のある地域に所在しているが、大半は離島、半島部など交通が不便だった。さらに台風や高潮などの恐れがあり、居住条件は悪かった。「板子一枚下は地獄」という仕事であるだけに、村や家族の人々の結び付きは強かった。

平和な時代となった江戸時代は、都市の水産物消費が増加した。鎖国政策のもとでは海外との交易は幕府が独占したが、ナマコ、アワビ、フカヒレなどの海産物の乾物が重要輸出品だった。これらを生産する漁村では繁栄するところが現われた。

一方では貧しい漁民も多かった。ここで貧困に苦しみ、差別された歴史を有する家船(えぶね)について触れておきたい。人権問題を研究する私にとっては重要なテーマである。

沖浦和光著『瀬戸内の民族誌』(岩波新書)は、漂流民として知られていた家船の漁民が定住化していく歴史を述べている。家船は船を家として家財道具一式を船に積み込み、船を住居とし、先々で漁業を行っていた。江戸時代は前回述べたように、漁村の地先海面は当該漁村に藩から漁業を排他的に行う権利を与えられたので、家船は自由に漁ができなかった。しかし、前掲書によると、漂流する貧しい家船を見て漁民仲間としての人情が動いたのだろうか、権利を有する漁民は見逃していたという。

江戸時代中期頃から、漁村から離れた目立たぬ岬の端などに小さな集落をつくり、定住化する家船が現われた。明治維新以後は、新政府の政策により定住化は進んだ。第2次大戦後は海上安全と義務教育の履行のために陸上がりが促進された。さらに、漁業の近代化や海の汚染によって漁業が成り立たなくなり、家船は減少し、昭和40年代までには姿を消したと言われる。

家船は漁民の歴史のなかでは特色がある。家船の漁民は江戸時代から貧しい漁民として社会から蔑まれ、陸に上がっても在来の住民とは交流を拒まれる存在だった。そのため、限られた狭隘な地域で密集して居住し、厳しい生活を余儀なくされていた。

高齢化する漁業従事者

日本の漁業経営体は家族を中心に漁業を営む個人経営が圧倒的に多い。令和4年(2022年)11月1日現在の全国の海面漁業の漁業経営体数は6万1360であるが、個人経営体が5万7440を占める。

家族で漁業を営んでいる場合は漁家で育った子弟が引き継ぐが、漁業の将来性や価値観の違いから漁業を離れる若者が増大している。このため漁業就労者数は減少を続けている。漁業就業者数は、平成25年(13年)は18万990人であったが、令和4年(22年)は12万3100人である。そのうち自家漁業のみに従事する者は、10万9250人から6万7720人と著しく減少している。

これに伴い高齢化が進行する。令和4年(22年)で年齢構成の割合で見ると、65~74歳のゾーンが最も多い。39歳以下は19・2%にとどまる。一方、女性は10・9%にとどまっている。漁業では海上での過酷な肉体労働が大部分を占めるためである。女性は漁獲物の仕分けや選別、カキの殻むきなど水揚げ後の仕事に従事している。

今後の漁業を維持していくためには、漁業の新規就業者が増加しなければならないが、近年は1700人程度と伸び悩んでいる。漁業の作業は厳しく、作業時間が不規則であるので、若者に敬遠されている。水産庁では漁業就業相談会の開催、インターシップの受入支援、漁業学校で学ぶ者への資金の交付などにより、若者の就業支援策を講じている。これにより、最近は就業先として漁業を新規に選択する者や漁村にUターンする若者も出始めている。

先日、NHKテレビは、佐賀県の離島である松島でレストランを経営する青年のドキュメンタリーを放映していた。松島は人口50人、漁業を基幹産業とする。青年の一家も魚介類を素潜りで獲る「海士漁」をしている。青年は佐賀市や福岡市で調理人の修行をして戻ってきた。食材は父や弟が獲ってきた新鮮な魚介類を使用している。定期船で客が来島するが、予約はずっと詰まっているという。

このレストランの魅力は、料理とともにエメラルドグリーンに囲まれた美しい環境であることは間違いない。今後漁村が繁栄していくためには、環境が最大のセールスポイントになる。

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