有機ヒ素化合物、胎盤通じ胎児へ 神栖市汚染事件から22年の時を経て目白大などの研究チームが実証
妊婦が摂取した井戸水の有害物質が、胎盤を通じて胎児の脳にも到達していた――。今から22年前の2003年、茨城県神栖市で人工有機ヒ素化合物「ジフェニルアルシン酸(DPAA)」による井戸水汚染が発覚し、地域住民に中枢神経系を中心とした健康被害が報告され、社会的にも大きな関心を集めた。特に妊婦と胎児の影響が懸念されていたものの、これまではDPAAが胎児にどの程度移行するのか明らかになっていなかった。目白大学保健医療学部の増田知之教授と筑波大学、茨城県立医療大学の研究チームは環境省の支援を受けて研究を進め、このほどDPAAが母体から胎児へ移行することを世界で初めて実証した。
DPAAは自然界に存在しない人工の有機ヒ素化合物。神栖市の事件では、何者かによって不法投棄されたDPAAが地下に浸透し、それを含む井戸水を飲用していた地域住民に健康被害が出た。特に、小児期にDPAAに曝露した住民30人には、知的障害、脳血流の低下、てんかん、頭痛といった深刻な中枢神経症状が確認されており、その中には母親が妊娠中に汚染水を飲用していたケースも含まれていた。胎児期の脳は出生後と比較して非常に脆弱であり、この時期の曝露がより深刻な健康被害を引き起こす可能性が懸念されていたが、DPAAが胎児にどの程度移行するのかは明らかになっていなかった。
増田氏らの研究チームは、神栖市でDPAAに曝露された妊婦のへその緒(さい帯)を分析し、その中にDPAAが含まれていることを確認した。これは、DPAAが妊娠中に胎盤を通じて胎児に移行する可能性を示す重要な証拠となる。さらに、妊娠ラットにDPAAを経口投与する動物実験を行い、母体と胎児のDPAA濃度を比較した。その結果、DPAAは胎盤からへその緒を通じてラット胎仔の血液中に母体の約40%の割合で移行しており、さらに胎仔の脳にも母体の約10%の割合で到達していることが確認された。これらの成果は、国際専門誌「Neuropsychopharmacology Reports」のオンライン版(2025年5月26日)に掲載された。
今回の研究成果について増田氏は、「DPAAによる次世代への曝露リスクを裏付ける重要な証拠であり、環境汚染物質が母子間に及ぼす影響を考える上で意義深い知見」だとしている。