安心して暮らせるまちを支える(その1) 浸水被害軽減に向けた大阪市の取り組み~気候変動を踏まえた「大阪市下水道浸水対策計画2025」の策定~ 大阪市建設局下水道部 調整課事業計画担当係長 櫻井 弘

1 はじめに

大阪市が位置する地域は、南から北に延びる上町台地とその周囲の低地から成り立っており、約7千年前は上町台地の他は大部分が河内湾で、淀川やその支流から長い年月をかけてもたらされた土砂が堆積し、現在の地形となりました(図1)。

このため、上町台地や一部の埋立地を除いてほとんどが低地であり、市域の90%は雨水排除にポンプによる排水が必要な地域となっていることから、本市域の浸水対策は下水道が非常に重要な役割を担っています(図2)。

市の人口は約280万人、人口密度は約1・2万人/平方キロメートルに及んでおり、市民の生命や財産・都市機能を守るため、重要な施策の一つとして過去から浸水対策に取り組んできています。

2 大阪市の下水道整備および抜本的な浸水対策

本市下水道は、コレラの流行を契機として1894(明治27)年から近代的整備に着手しました。当時の既往最大降雨を基として時間60ミリメートルを計画降雨とし、早期かつ安価に下水道整備を進めるために合流式を採用して整備を進めた結果、昭和50年代初頭には概成しましたが、市域の急激な都市化によって、雨水の大半が下水道管に流入することとなったことから排水能力が不足し、市域の広範囲にわたって大規模な浸水被害が頻発しました。当時に行った市内の雨水流出量の実態調査では、計画雨水流出量に対して最大で約2倍もの雨水の流出が判明したことから、増加した雨水量に対する浸水対策として総事業費9600億円に及ぶ下水道幹線(延長約156キロメートル)とポンプ場(排水能力約770立方メートル/秒)を整備する「抜本的な浸水対策」を計画しました(図3)。

「抜本的な浸水対策」によって整備した下水道幹線やポンプ場により、全国的な都市浸水対策の指標である「雨水対策整備率」は、2024年度末時点で82・4%となっています(図4)。

3 地域特性に応じた浸水対策

「抜本的な浸水対策」は完成までに長い年月を要することから、整備過程において発生した浸水への対応として、窪地や低地などの地形的な条件から被害が頻発している地域に対し、「きめ細かな浸水対策」を取り組むこととしました。

この対策では、1988年度から10年間に3回以上の浸水被害が発生した箇所を中心にマンホールポンプの設置や小規模な貯留施設等の整備を行うこととし、2005年度末までに対象となる311カ所の整備を完了しました。

これら「抜本的な浸水対策」や「きめ細かな浸水対策」の整備により、浸水被害は年々減少傾向となっていましたが、11年から13年の3年間にかけて計画降雨である時間60ミリメートルを超える大雨や時間雨量が60ミリメートルを下回っていても10分間雨量が20ミリメートルを超えるような局所的な集中豪雨により市内各地で浸水被害が発生しました。

これを受けて、「集中豪雨被害軽減対策」として、被害地区を対象に地域特性に応じた対策(雨水桝の増設、枝線管きょのネットワーク化、公園用地を活用した雨水貯留浸透施設等の整備)を行っています。

4 「大阪市下水道浸水対策計画2025」策定までの背景

前述のとおり、下水道による浸水対策を進めてきたなか、近年の全国的な大雨による水害の頻発および激甚化、また、気候変動により今後の降雨量や洪水発生頻度の増加が見込まれていることから、従来の治水計画を見直す必要が生じています。

国の「気候変動を踏まえた下水道による都市浸水対策の推進について 提言」〔20年6月(令和21年4月一部改訂)〕によって、気候変動を踏まえた中長期的な計画の検討等の今後の施策等について提言がとりまとめられています。

これを踏まえて、本市にて学識経験者により構成した「気候変動を踏まえた新たな浸水対策のあり方検討会」を設置し、今後の大阪市域の降雨予測や下水道整備の進め方等について聴取した意見を踏まえたうえで検討を進めました。

これらに基づき、大阪市の浸水対策の基本方針をとりまとめ「大阪市下水道浸水対策計画2025」を25年3月に策定しました。

5 「大阪市下水道浸水対策計画2025」の概要

「大阪市下水道浸水対策計画2025」(以下、本計画)は、「計画降雨」「対策手法」「事業期間」「事業費」の4つの基本方針で構成しました(計画内容は下記QRコードより参照)。

「計画降雨」の設定に当たり、過去の降雨データおよび文部科学省のプロジェクトにより創出された気候変動モデルから現在の計画降雨の妥当性および本市における降雨量変化倍率が、国提言で示されているものと乖離していないかの確認を行いました。過去の降雨データにより、1951~2021年の間で60年ごとに10年確率降雨を算出した結果、時間53・7~56・7ミリメートル(図5)となっており、現在の計画降雨である時間60ミリメートルは概ね妥当であることを確認しました。また、気候変動モデルを分析した結果、大阪市域の時間雨量の降雨量変化倍率は1・08倍であり、国の提言における1・1倍と乖離していないことを確認しました。以上のことから、大阪市では現在の計画降雨(時間60ミリメートル)に降雨量変化倍率(1・1)を乗じた時間66ミリメートルを気候変動を踏まえた新たな計画降雨として設定しました。

2つ目の「対策手法」について、本市では、地下鉄や他企業埋設物など高度に地下空間が利用されていること、雨水ポンプ場等の排水施設が市街地にあり、敷地に余裕がないことから、既存施設の能力を最大限活用した浸水対策施設の整備手法を検討する必要があります。このことから、気候変動の影響を踏まえた新たな計画降雨(時間66ミリメートル)に対する施設整備については、雨水流出解析モデルを用いた浸水シミュレーションにより、これまで整備してきた施設の能力を評価し、十分に活用できるような下水道幹線(流下施設・貯留施設)の整備、ポンプ施設の能力増強を行う必要があります。

また、下水道幹線など大規模な下水道施設は、整備完了までに長期間要することから、完成した下水道幹線の一部区間を暫定的に貯留施設として利用する等、早期に整備効果が発現する取り組みを行い、段階的に施設整備を進めていきます。当面は、改築更新に合わせたポンプ能力の増強や新たに整備した下水道幹線の一部区間を暫定的に貯留施設として利用することで浸水の軽減を図り、中・長期的に新ポンプ場の設置や下水道幹線の整備を進め、貯留運用から流下運用へと移行することで、浸水解消を目指していきます。

3つ目の「事業期間」について、浸水シミュレーションの結果より、市民生活への影響が大きい床上浸水箇所を重点対策地区、それ以外を一般対策地区とし、重点対策地区は2℃上昇が想定されている40年、一般対策地区は75年までの事業完成を目指します。

最後の「事業費」について、本市での過去の施工実績などから、新しい計画降雨による市域全域の浸水解消にかかる概算事業費を従来計画の残事業の見直しを含めて約5300億円と試算しています。 

6 「大阪市下水道浸水対策計画2025」の今後の目標・課題

将来の気候変動による降雨特性への影響は確実とされているなか、大規模な下水道施設の整備には完了までに長期間を要するため、新たな浸水対策の検討を早急に進めなければ、今後の激甚化、頻発化する水災害に対応できない場面が想定されます。

一方で、本計画は基本的な考え方を定めたもので、今後対策を進めるうえで、多額の事業費の確保、排水量増に必要となる公共水域管理者等との協議など、多くの課題があります。

これらの課題を解決し、着実に「事前防災」の取り組みを進め、気候変動の影響による将来的な降雨量の増加に備えて既存施設の活用や段階的な施設整備などの効果的・効率的な浸水対策の事業を推進しつつ、老朽化対策や地震対策等、他の重要施策の課題を包含しながら対策を進めたいと考えています。

安心して暮らせるまちを支える(その1) 浸水被害軽減に向けた大阪市の取り組み~気候変動を踏まえた「大阪市下水道浸水対策計画2025」の策定~ 大阪市建設局下水道部 調整課事業計画担当係長 櫻井 弘_大阪市建設局下水道部 調整化事業計画担当係長 櫻井 弘
大阪市建設局下水道部 調整化事業計画担当係長 櫻井 弘

安心して暮らせるまちを支える(その1) 浸水被害軽減に向けた大阪市の取り組み~気候変動を踏まえた「大阪市下水道浸水対策計画2025」の策定~ 大阪市建設局下水道部 調整課事業計画担当係長 櫻井 弘_図1 大阪市域の縄文期地形図
図1 大阪市域の縄文期地形図

安心して暮らせるまちを支える(その1) 浸水被害軽減に向けた大阪市の取り組み~気候変動を踏まえた「大阪市下水道浸水対策計画2025」の策定~ 大阪市建設局下水道部 調整課事業計画担当係長 櫻井 弘_図2 大阪市の地形
図2 大阪市の地形

安心して暮らせるまちを支える(その1) 浸水被害軽減に向けた大阪市の取り組み~気候変動を踏まえた「大阪市下水道浸水対策計画2025」の策定~ 大阪市建設局下水道部 調整課事業計画担当係長 櫻井 弘_図3 抜本対策施設施工位置図
図3 抜本対策施設施工位置図

安心して暮らせるまちを支える(その1) 浸水被害軽減に向けた大阪市の取り組み~気候変動を踏まえた「大阪市下水道浸水対策計画2025」の策定~ 大阪市建設局下水道部 調整課事業計画担当係長 櫻井 弘_図4 雨水対策整備率と浸水戸数の推移
図4 雨水対策整備率と浸水戸数の推移

安心して暮らせるまちを支える(その1) 浸水被害軽減に向けた大阪市の取り組み~気候変動を踏まえた「大阪市下水道浸水対策計画2025」の策定~ 大阪市建設局下水道部 調整課事業計画担当係長 櫻井 弘_図5 現在の計画降雨(10年度確立降雨60㍉㍍/時)の妥当性
図5 現在の計画降雨(10年度確立降雨60㍉㍍/時)の妥当性

安心して暮らせるまちを支える(その1) 浸水被害軽減に向けた大阪市の取り組み~気候変動を踏まえた「大阪市下水道浸水対策計画2025」の策定~ 大阪市建設局下水道部 調整課事業計画担当係長 櫻井 弘_