リスク社会と地域づくり(10) 地方公務員・環境Uフレンズ事務局長 溝口 淳

政策のプロ? である地方公務員

いきなり堅い話で恐縮であるが、私たち公務員が向き合っている「政策」の立案と実践について話をさせてほしい。行政とは基本的に「問題や課題」を解決する仕事である。利益をあげなくてよい代わりに、社会の課題を解決し、よりよい社会を作っていくことを使命としている。私たちは、現状と理想的状況(目標)とのギャップを埋める「解決の方向性と具体的手段」を企画すること(すなわち政策立案)のプロなのである(でありたいと思っている)。

ところが、プロの政策立案集団である私たちは、今のところ「地球温暖化」などの環境問題の解決に成功しているとは言えない。もちろん地球単位を動かすことの難しさを言い訳にすることも容易である。しかし、地域単位での環境政策レベルでも、社会を動かし成功したと言える例は極めて少ない。それはなぜか、どうすれば改善できるかについて掘り下げてみたい。

「少しずつ」しか変化しない政策設計

私の経験から言えば、地域という現場で生み出される政策は、常に前例を基本とし、これに修正を加える「インクリメンタリズム(漸進主義)」によっている。また、政策実施による「反発」を極力避けようとする傾向もある。「新たな政策」との触れ込みであっても、実際には人々に「不便」を強いてでも変革を起こすという覚悟が込められた政策はほとんどない。結果、脱炭素実現の行動は、「補助金を配って誘導する」ものや、当たり障りのないものが多くなる。これが続くと住民が「役場から(お金で)誘導されてから実行すればよい」というマイナス学習をすることになる。

連鎖・実施段階での不具合

次に、政策実施過程に起きがちなことは、複雑な協働・連携の仕組みが「現場の混線」を生み、事業の進捗に水を差すことである。ある研究によれば、政策が多くの機関に分担される「実施の連鎖」状態にある場合には、協力関係が不足すると大きな失敗を生み出す場合があるという。地域において、地域全体を動かそうとして多様なプレイヤーが効果的に連携することを「机の上で書いた」政策は、やはりよい結果をもたらさない。

町民自ら「生ごみ」を集める

こうした合理的でロジカルに企画した政策の進め方と異なり、別の視点で地域環境政策を進めた事例として、福井県池田町で行われている生ごみ堆肥化事業「食Uターン事業」を紹介したい。町で行われている有機農業実践運動「ゆうき・げんき正直農業」で必要な土作りを推進するため、家庭の生ごみと畜産ふん尿を混合し高品質の地域産堆肥を作るものだ。問題は生ごみ回収方法であった。専門業者に委託する方法もあったが、環境まちづくり運動の一環と位置付け、PTAが新聞回収事業を行うように、町民NPO組織が生ごみを集める構想が生まれた。

しかし簡単に町民が集まるはずがない。企画書を役場がつくり、実行は町民という分担する方法では不信感を生むだけなのは明白だった。そこで、事業本格化に向けた「回収実験」時に、役場職員だけでやってみることにした。軽トラックで町内集落を回り、生ごみを回収、さらには出された生ごみ袋を割いて開いて「異物調査」した。そうした結果を細かに広報誌に掲載したところ、地域住民の関心と事業の理解度が伝わった。

人との信頼関係という強み

こうした姿勢が町民の「自分たちも何か手伝おう」という気持ちにつながり、事業本格化と同時に行われたNPOの設立総会には、町民有志と役場職員あわせて約50人が集まった。それが今では80人近くになっている。

私が、こうした取り組みの事務局を担うことを通じて学んだことは、人が感情をもった存在であるという「当たり前」のことを生かす道が重要であるということだった。「政策論」だけで進むと合理的経済人仮説に立脚しがちだが、地域では、個性のある一人ひとりの人間である。同時に職員も、職員の前に地域住民である。「おまえに頼まれたら断れないなあ」と言ってもらえる人間関係と彼等を巻き込む情熱という温度が最も大事なのである。

「スモールメリット」の力

地域環境政策では、顔の見える社会単位で取り組むことが効果的であると考えている。言ってみれば「スモールメリット」追求である。一方で「スモールデメリット」も存在する。特に人口減少が進む地域では避けがたい課題である。これに対して私は2つのアプローチを提案したい。一つは、環境政策を実践する「人の数」を増やすことである。小規模な地域でも、環境行動の現場では「意識が高い」一部の人だけのものとなっていることがある。よって、小規模社会でも、新たな担い手を見つけることは可能である。もう一つは「チームプレー」である。小さい村には顔の見える関係が残されている。これを生かして1+1=3を実現することが特に有効である。

情熱というエネルギー

力を発揮する地域社会、すなわち相互信頼と協働力あるチームをどうつくるか。その核にあるのは、「補助金」でもなく、「理念」でもなく、「情熱」である。なかでも、政策を担う公務員の情熱が最も重要である。仕事をライフワークとして自らを燃やせば、周りの人に熱が伝播する。ひとたび住民の心に火をつければ、それは炭のように熱く長く燃え、そのまた外の人々を熱くする「熱の伝播」が起きていく。地球を暖めるのではなく、人の心を熱くする「エネルギー」が、これからの地域環境行政の肝になる。

リスク社会と地域づくり(10) 地方公務員・環境Uフレンズ事務局長 溝口 淳_地方公務員・環境Uふれんず事務局長 溝口淳
地方公務員・環境Uふれんず事務局長 溝口淳
リスク社会と地域づくり(10) 地方公務員・環境Uフレンズ事務局長 溝口 淳_役場職員が生ごみを集める
役場職員が生ごみを集める