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環境福祉学講座(190) 環境福祉からウェルビーイングを見る(10) ウェルビーイングのまちづくりに向けて

イタイイタイ病を教訓に

前回述べたように2月8日、富山県立イタイイタイ病資料館で開催された「イタイイタイ病を考える県民フォーラム」で、「ウェルビーイングのまちづくりを目指して」と題して講演を行った。私の郷里だけに十分に準備をして張り切って臨んだ。

重点を置いたことは、第1に人類の歴史上最悪のカドミウム公害の教訓を生かすことである。そのためには、カドミウム被害と向き合うことが出発点である。カドミウム被害を学び、後代に伝えていく役割を果たしていくことが求められる。イタイイタイ病資料館はこの役割を担っている。

世界には今でもカドミウム公害が発生している。イタイイタイ病発生地の経験を発信していくことは有意義なことであるし、発生地域だけができることである。

イタイイタイ病被害関係者は環境の重要性を実感している。それゆえ、環境問題の大切さを教えるのに適切な教師である。私は健康と同じだと考えている。健康な人は健康の重要性を切実に考えない。しかし、いったん病気になると健康のありがたさを知る。患者の病気体験が私たちにとって大変参考になる。

さらに、イタイイタイ病だけではなく、広く環境学習を展開していくことを提案した。

特に最近の子どもは、自然との触れ合いが減少している。例えば海や川、野原で遊ぶ、昆虫や花を観察する、星や月を眺めることをする子どもは少ない。自然との触れ合いが少なくなると心身の成長に影響を与える。国立青少年教育振興機構の調査では、自然との触れ合いの程度と正義心や道徳観の程度には、正の相関関係があることが実証されている。環境学習の子どもの成長に対する効果が期待できる。

ウェルビーイングを具体化へ

ウェルビーイングを具体化するまちづくりを行うには、まず優れた自然環境の創造である。イタイイタイ病の発生地域は自然環境の構成要素である水、土、大気、動植物に甚大な被害を受けた。そこで、これらを回復することにとどまらず、一層豊かな自然を創造することが期待される。

人間の真の豊かさのためには、豊かな自然の基盤が必要である。土地開発が進む一方で地方では人口流出が止まらず、自然が荒廃している。温暖化の進行や生物多様性の毀損が進んでいる。人間はデジタル化の拡大によって、自然から引き離された人工的な環境で暮らすようになった。この変化は前述した子どもだけでなく、全ての人の心身に大きな影響を与えているだろう。「タイパ」という言葉が日常語になったように、人はいつも急かされ、ゆとりのない暮らし方をするようになった。他人を思いやる余裕を失っているのが現代人である。

イギリスで19世紀後半に活躍した社会活動家のオクタヴィア・ヒルは、結核等の感染症対策のために公園や庭園等のオープンスペースの開放運動を行った。当時特権階級の貴族が独占していた公園等を、国民一般が利用できるようになり、国民の健康増進だけでなく、イギリスの国民性の形成に貢献したと言える。

同様に、日本の伝統的な風土を基礎に豊かな自然環境を創造していけば、住民の健康、生活、経済、文化の向上に大きく貢献できる。このモデルをこの地で構築してはどうだろうかと提案した。

公害被害地の経験を生かして環境産業を振興することも大きな希望を抱かせる。公害を解決する産業にとどまらず、環境を向上させる産業の立地を進める。

アメリカ・テネシー州のチャタヌーガ市の実例がある。人口18万人の中都市で、コカ・コーラの発祥地として有名であるが、1930年代から金属、繊維、化学、食品等の工業が発展し、これと同時に公害が悪化していった。69年には全米最悪の大気汚染都市となった。

この汚名を返上すべく、強力な大気汚染対策が講じられた。工場の排出規制、マイカーの規制、電気バスの運行などである。アルミ、鉄、段ボール、ガラス等のリサイクル事業を推進した。この努力により96年には国連人間居住計画によって、世界で最も環境と経済を両立した都市として表彰を受けた。

環境産業によって一躍著名になった都市として、イギリス・ウェールズのヘイ・オン・ワイが挙げられる。小さな田舎の町にすぎなかったが、60年代から町の振興策として、たくさんの古書店の店舗を開業した。世界から観光客を呼び寄せ、古書店の町として知られるようになった。リユースで成功したまちづくりである。

日本でも知られるオーストリアのギュッシングは、貧困から脱出するため、豊かな森林を活用してバイオマス都市として成功した事例である。

以下、次回に続けたい。

 恩賜財団済生会理事長 炭谷 茂

環境福祉学講座(190) 恩賜財団済生会理事長 炭谷 茂 環境福祉からウェルビーイングを見る(10) ウェルビーイングのまちづくりに向けて_恩賜財団済生会理事長 炭谷 茂
恩賜財団済生会理事長 炭谷 茂

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