キーワードで考えるサステナビリティ(19) 武蔵野大学工学部サステナビリティ学科教授 白井信雄 関係的価値~ふるさとの礫島を考える

自然の持つ価値には3つのカテゴリーがある。1つ目は「道具的価値」で手段的価値、利用価値ともいわれる。生態系サービスとして捉える価値は道具的価値である。自然を価値評価の対象外にしてきた状況においては、自然の道具的価値を金銭価値に置き換え、評価対象とするだけでも進歩であった。2つ目が「内在的価値」で存在価値、非利用価値ともいわれる。この考え方は、人間の利用有無に関わらず生命や生態系は存在することに価値があるとする。道具的価値が人間中心的な考え方であるのに対し、内在的価値は自然中心的であるともいえる。

2010年以降に注目されてきた3つ目の価値が「関係的価値」である。研究者によって提起がされた関係的価値の考え方は、22年7月に公表された「自然の多様な価値と価値評価の方法論に関する評価報告書」(IPBES価値評価報告書)に取り入れられた。関係的価値は「道具的価値VS.内在的価値」という二項対立では説明しきれない、人と自然の意味あるつながりや固有性の価値を評価対象とする。地域の人々のアイデンティティ・場所の感覚・精神的恩恵等に関連する関係的価値は、そこの自然に関係する地域の人々の目線を重視する。

誰にも関係的価値を大切にしたい自然があるのではないだろうか。近隣にある長年の馴染みのある里山・里浜・里川、子どもの頃に登山で行き自然への畏敬の念を育んでくれた大自然の山々、先祖代々で耕し守ってきた農地や森林等。これらにはそこに関係した人が関係を持たない人以上に強く価値を見出す。筆者にとっての関係的価値が高い場所をとりあげたい。浜名湖の北部にある小さな島「礫島(つぶてじま)」である。

筆者は幼い頃、礫島が見える湖岸を遊び場としていた。釣りやアサリとり、海水浴等をした湖岸のすぐ先にあるのがぽつんと浮かぶ礫島であった。伝説上の巨人ダイダラボッチが富士山に座っておにぎりを食べていたところ、小石が入っていたのでそれをポイっと捨てたら、浜名湖に落ちて、「礫島」になったという伝承があった。富士山という大きなものとのつながりを意識されてくれた。泳いでいけそうな場所にありながらも、少し怖い存在でもあった。サルを放し飼いにして、汽船が乗りつける観光の島であったが、サルが逃げ出したことから廃止されたという歴史もある。観光客がいなくなってからも、神社庁が土地を所有し、地元集落で管理している神社があった。

2015年以降であろうか。この島に、カワウという水鳥がコロニーをつくり出した。樹木の上に作られた巣から落とされるふんの害により、瞬く間に樹木が枯れ、緑のこんもりと丸い島が白い平べったい島に変化してきた。地元集落では浜松市役所にカワウ対策を求めたが、自然公園内ということから対策が進まなかった。そして、今年になり、カワウによる魚の採取が漁業権を損なうとして、漁業のための駆除を静岡県庁が認めてくれた。やがては樹木が再生し、集落による神社の管理も容易になり、湖面に浮かぶ緑が人々に癒しを与えてくれるだろう。

この事例においては、漁業権という経済価値を盾にすることでカワウの駆除が実行に至った。地元集落や私のような礫島に思い入れのある人間にとっての関係的価値が認められたわけではない。関係的価値という視点を組み入れた政策決定を円滑にするためには、関係的価値を評価する手法とそれを意思決定に反映させる仕組みが必要だと考えさせられる。

さらに考えるべきことがある。関係的価値は人間の側からの一方的な価値づけであり、カワウの側の目線が欠如している。カワウは他の場所を追い出されたために礫島に移動してきただけである。カワウにとっての礫島の関係的価値、あるいはカワウそのものの内在的価値をないがしろにしてしまい、自然再生を喜んでいるだけだと人間中心的である。広い視野でカワウ問題を考えてみるべきだろう。日本各地でカワウの増殖が問題になっているが、カワウのふんを肥料に利用したり、伝統的に共存してきた地域もある。

キーワードで考えるサステナビリティ(19) 武蔵野大学工学部サステナビリティ学科教授 白井信雄 関係的価値~ふるさとの礫島を考える_武蔵野大学工学部環境システム学科教授 白井 信雄
武蔵野大学工学部環境システム学科教授 白井 信雄