東風西風 とうふうせいふう

先日、東京・浅草で現存する日本最古の地下街を歩いた。細く曲がる暗い通路はそば屋の屋台などから出る炊煙でけむっている。むき出しの配管で背をかがめると、店々の多彩な看板が水はけの悪い路面に光を映しているのに気付く。八卦紋を掲げる占い師の行列。未開店の民族料理屋が「オーセンティック」(本物)の店名を掲げる。袋に入った大小のスーツケースを詰め込んだ一角は、しかしそれを売る店が見えない。細い階段の横腹をえぐって営業を続ける床屋▼浅草地下街は1955年に開業したという。その年と言えば前年12月に第1次鳩山内閣が発足しおよそ20年に及ぶ高度成長が幕を開けた。翌56年には後藤譽之助が戦後復興の終結を宣言。経済の高揚感が全面に出た時勢のただ中で何をおいても生命力を横いつさせたこの地下街が誕生した。今も賑わい、みなぎり、浅草の気風は人を惹きつけてやまない▼神宮外苑や葛西臨海公園での緑地伐採に手が掛かる。事業者は植え替えると言うが、その樹が百年、東京の景観や生態系として役割を担った同じ時を植え替えられるはずはない。樹を切って土は残る。都市文化のフロンティアが常にアンダーグラウンドにあるように、東京の街づくりは土のみに返る他ないのだろうか。(潤)