「環境新聞×環境文明21」共同企画 座談会「経営者に求められる『環境力』とは何か」

●出席者
藤村コノヱ氏(環境文明21代表理事)
加藤三郎氏(環境文明21顧問
林英夫氏(武州工業相談役)
髙橋一朗氏(西武信用金庫理事長)
〈司会〉野田宜践(環境新聞社常務取締役)

日本はかつての激甚な公害問題を克服したが、今日では地球温暖化による水害の頻発化・激甚化や記録的な猛暑、生物多様性の喪失などが新たな脅威となっている。こうした我々の生活環境や社会・経済活動を脅かす課題に対応し、持続可能な社会を構築していくためには、国や自治体はもちろんのこと企業やNPO、市民が一体となった取り組みが求められている。中でも企業、経営者の果たす役割への期待は大きい。この座談会は、企業の環境対策を推進するためにNPO法人として経営者の「環境力」を表彰してきた環境文明21との共同企画。「環境力」をキーワードに持続可能な社会の構築に向けて企業、経営者が果たすべき役割などについて話し合ってもらった。

経営者の意識をグリーンなものへ

司会 環境文明21では、経営者の「環境力」を顕彰する取り組みを長年続けています。この表彰制度は今年で18回目を迎えるとお聞きしました。この取り組みを始めた経緯、目的からお話しいただければと思います。

藤村 企業の活動を変えることで日本社会をグリーン化することが、この表彰制度を始めた一番の目的です。企業の中でも特に中小企業は数が多く、そのグリーン化が日本全体のグリーン化につながると考えました。

表彰制度をつくるに当たっては、企業活動をグリーン化するには何が必要かの議論を重ねました。特に中小の企業活動は経営者次第で変わります。経営者の意識をグリーンなものへと変えることで企業もグリーン化できる。経営者自身の環境への自己評価を促すことで「環境力」の理解を深め、経営者の「環境力」の向上に寄与することを目指しました。

「環境新聞×環境文明21」共同企画 座談会「経営者に求められる『環境力』とは何か」_藤村 氏
藤村 氏

加藤 「環境力」として、「未来をリードする経営者の資質12項目」(表)を挙げています。これらの項目について経営者の皆さんに自己評価をしてもらいます。これらの項目については、これまで微調整はあったものの本質的な内容は変わっていません。企業の直接的な環境活動よりも、経営者としての心構えに着目しています。

藤村 これらの項目は私たちの会員が話し合って決めたものですが、特に議論があったのは項目8の「事業を大きくしすぎない勇気」です。大手企業のメンバーからは異論がありましたが、各社の適正規模での事業活動を意味するということで理解が得られました。

司会 項目11の「人知の及ばない大いなるものへの畏敬の念」というのは、特徴的だなと思ったのですが。

藤村 環境文明21が考える「環境問題は文明の問題である」という前提に基づき、人知の及ばない自然への畏敬の念を経営者が持つべきだという考えから設けました。

加藤 項目2の「100年先を見通した中長期的な企業価値を設定し、その価値を浸透させる情熱と達成する戦略性」については抵抗感を示す経営者もいましたが、真意は文字通りの100年先の見通しではなく、中長期的な視点で問題を見るということです。

「環境新聞×環境文明21」共同企画 座談会「経営者に求められる『環境力』とは何か」_加藤 氏
加藤 氏

司会 この表彰事業は2008年から始まり、今年度で18回目となります。これまでどのよう方が受賞されましたか。

藤村 これまで107人が受賞しています。最も多いのは製造業で31人です。次いで廃棄物処理業、建設業がそれぞれ18人と多い業種です。多種多様な業種からの応募が増えており、近年は福祉分野など環境に直接関わらない分野からの応募や、若い経営者の応募も増える傾向にあります。西武信用金庫などの金融機関による企業の発掘も、受賞者層の拡大に大きく貢献しています。

司会 林さんは2013年度に受賞していますが、応募のきっかけは。

林 先ほど紹介のあった「環境力」の12項目は私どもが常日ごろから意識していたものであり、スッと心に入ってきました。当社では、エネルギーや資源をなるべく使わない設備やものづくりを進めてきました。ただ、周りの同業を見ると、そうした意識がまだまだ足りない。だから、「環境力」を広めていかなければいけないと感じました。

司会 髙橋さんは11年度に受賞していますが、応募のきっかけは。

髙橋 私は部長時代から環境NPOなどコミュニティビジネスの支援に携わってきました。日本の民間金融機関の中で、当金庫のNPOへの融資や助成金、寄付は、最も長い経験と実績があるのではないかと思います。そうした縁もあってこの賞に応募しました。

当金庫は30年前から、自社の成長よりも取引先の顧客企業を良くすることを経営の第一に据えてきました。その中で、環境問題に取り組む企業が地域にいることに気づき、こうした活動を広めることが企業の成長につながると考え、この表彰事業に協力するようになりました。これまでに20社ほどの企業を推薦し、高い評価を得ています。新たな取り組みをしている企業や成果が出始めている企業を見つけて推薦しています。

これまで多くの企業とお付き合いしてきましたが、一般的に環境に取り組んでいる企業の業績は悪くならない傾向にあります。資源・エネルギー価格の高騰や人手不足、デジタル化など、企業はさまざまな課題を抱えています。今はまさに激動の時代です。環境への取り組みは、そうした課題に先手を打つ象徴であり、企業経営の総合的な力につながると考えています。「環境力」のある企業を発掘してくる役割を我々金融機関が担っているのではないかと思っています。

「環境新聞×環境文明21」共同企画 座談会「経営者に求められる『環境力』とは何か」_林 氏
林 氏

加藤 西武信用金庫のような地元密着型の金融機関が環境を含め経営全体を底上げしていこうと努力されるのはすごくよいことだと思います。

司会 受賞者の有志の方々が「環境力クラブ」という組織を作っています。林さんはその代表を務めていますが、その狙いや活動はどのようなものでしょうか。

林 それぞれの企業の環境力や経営力を高めるとともに、環境問題に限らず会社の問題を相談し合い、環境活動を広めることを目指しています。

私は30年以上前から、環境負荷を低減するモノづくりを実践しており、「環境に優しいモノづくりをしなければ製造業は成り立たない」という考えを持っています。環境に優しいことが結果的に経営にもプラスになることを実感しており、自社の取り組みを通じて「ムリ・ムダ・ムラ」をなくすことが環境負荷低減につながると提唱しています。

環境力クラブのような団体が輪を広げることで、具体的な事例を共有し、社員の育成にもつながると考えています。一方で、多くの企業が未だ「何をしたらよいか分からない」と感じており、現状はまだ取り組みが十分に広がっていないと認識しています。

藤村 環境力というのは狭い意味での環境対策ではなくて、環境倫理や価値観の部分が大事だと思っています。林さんは、環境や生命の大切さを企業活動のベースに置くことが重要だというマインドをもっており、環境力クラブの会長になっていただきました。

社会全体の底上げを目指す自覚

司会 皆さんに共通してお聞きしたいのですが、中小企業の経営者に求められる「環境力」はどのようものなのでしょうか。

加藤 「環境力」はCO2やごみを削減するといった狭い技術的な問題ではなく、環境対応を通して事業を変革させる総合的な経営力だと考えています(図)。その構成要素は3つあります。一つは「先見性と知恵」。中長期的な目標達成を見通す力と、それを企業内で実現させる知恵です。もう一つは「戦略性・技術力」で、具体的な戦略と技術で環境対応を進める力です。この2つさえあればよいのかというとそうでもなくて、3つ目の「社会的責任の自覚」が必要です。自社だけでなく社会全体の底上げを目指す自覚が求められます。この3つの構成要素の下に、先ほど申し上げた12項目がそれぞれ対応しています。

司会 藤村さんはいかがですか。

藤村 健全な環境があってこそ経済活動は成り立つことを多くの方が忘れてしまっているのではないかと、最近思うことがあります。命や社会・経済活動の基盤である環境を重視する社会的責任の自覚が会社の信頼にもつながると考えています。

司会 髙橋さんはいかがですか。

髙橋 日本は1万年続いた人口増加社会が終わり、これからはどんどん人口が減少していきます。人口が増えていく過程で引き起こしたさまざまな問題を、われわれ20世紀を生きた人間が21世紀に大きな課題として残してしまいました。これは20世紀の人間の罪で解決する責任があると思います。特に経営者は個人よりも重い責任を負っている自覚が必要です。「環境力」とは、個々の企業が環境対応すること自体が目的ではなく、「環境力」を手段として21世紀を良くしていこうとする人を作ることです。

人口減少社会は、成長優先の競争社会ではなく、多様性や協力、ゆっくりとした確実な歩みが重要になり、環境問題への取り組みが大きな強みになります。環境をないがしろにしては、その先に道はなく、消費者にも選ばれない時代になっていくのではないかと感じています。

「環境新聞×環境文明21」共同企画 座談会「経営者に求められる『環境力』とは何か」_高橋 氏
高橋 氏

林 環境に優しいことが結果的に経営にもプラスになってくるということを、われわれは仕事で実践しています。ただ、「ムリ・ムダ・ムラ」が日本にはまだまだたくさんあって、それをなくすことが環境負荷削減につながります。当社の真似をすればよいのにと、あちこちで講演しています。最近は小中高生が見学に来るようになりました。20世紀の課題を積み残したまま子どもたちに引き継いではいけないという思いで積極的にイベントを企画しています。

「社会のために役立つ力」を育てる

藤村 学校教育だけでは育ちきらない「社会のために役立つ力」を、企業が人材育成を通じて育むことが重要だと思います。環境文明21でも、いくつかの企業で人材育成に携わっていますが、従業員が講義や議論を通じて知識を知恵に変え、仕事に誇りを持つようになることが目に見えて分かるのです。「環境力」が大事なのは、そういう力を企業が育て、社会に貢献する力を作っていくことではないでしょうか。

加藤 先ほど、髙橋さんから20世紀の人間の責任について話がありました。私は「地球に詫びる」ということをよく言うのですけれども、ずっと若いときから公害対策をやってきた人間として、結局、地球環境の悪化を少しも止められなかったという意味で私も共犯者であり、詫びなくてはいけないと思って活動している人間の一人なのです。ですから、今の時代の大きな変化の中を経営者として生き抜く力として、環境というものをもう一度考え直してもらいたいと強く思います。経営者が「環境力」を身に着けることは、日本社会の全体的な環境対応力を高めていくことになることに気づいていただければ嬉しいです。

林 人口増加時代のやり方を変えずに仕事をしている部分が企業にはまだまだあります。そこにまだ無駄があるわけです。「ムリ・ムダ・ムラ」をなくすことで生産性の向上につながり、環境もよくなるのです。今が変化のチャンスだと思います。

藤村 適量生産、適量消費で十分だと思うのですが、そう言うと企業の方は必ず「それでは経済的に成り立たない」と反論してきます。

 それは逆だと思います。余計なものを作らなくなるわけだからトータルではプラスになると思います。

髙橋 まだ日本人全体に「大きいことはよいこと」だという教えが残っているし、「成長しないと駄目」という論調も相変わらずあります。

理事長になって7年目ですが、当金庫は日本の金融機関の中で預金、融資量など規模の面では、最も成長していません。あえて規模が小さくなることを受け入れています。拡大を求め新たなものを取りに行くのではなく、今、取引のある2万4千社の顧客をよくすることだけを全員でやろうと。その結果、日本で最も不良債権が少ない水準になり、全国の信用金庫の中で、当期利益も内部留保もトップクラスです。その利益は職員の給与や福利厚生、あるいは地域への寄付などへ還元しています。人事面でもシルバー人材や女性が活躍出来る多様性を重視、60歳を超えた支店長が12人いますし、女性役席者比率は30%を超え、女性役員も3人です。

変革期こそ求められる「環境力」

司会 これから人口減少社会の中で生き残っていくためにも「環境力」というものが重要な役割を持つと思います。あらためて「環境力」を表彰するこの事業の社会的意義についてどのように考えているかお聞かせください。

加藤 私は米国こそ民主主義の権化だと思っていたのですが、トランプ大統領のような人が現れてくると、その民主主義すら危なくなってくる。そういう時代です。しかも、背景にあるのは地球環境の悪化であり、世界の人たちの人権も十分に守られていないような状況が出てきているわけです。

日本が生き残るためには、皆さん方が力説されたように、「環境力」をしっかりと身に付けることです。環境対応は当たり前だ、前提だという社会に早くなってほしいと思います。そういうきっかけを、ささやかながら経営者「環境力」大賞事業は提供してきたと思っています。

藤村 全くそのとおりです。いきすぎたグローバル化が社会の混乱を招いているのが現状ですが、これから先もそれが続くとは思えません。これからは1970年代に言われた「スモール・イズ・ビューティフル」ではないけれども、無駄をなくして適量に生産し、適量に消費し、ものの幸せではなくて精神的な豊かさをみんなが得られるような社会にしていくことが大事だと思います。そういう中で企業はとても重要な役割を果たしていくと思うので、そうした価値観を持つ経営者が増えてくれることのきっかけになればよいなと思います。

同時に、この賞を受賞された方は中小企業の経営者の方が多く、従業員を大事にするとともに地域とのつながりをすごく大切になさっている方が多いのです。エネルギーや食料の地産地消などを通して地域が豊かになっていくことが、たぶん日本全体の豊かさにもつながると思いますし、そういうマインドも持った経営者が増えてくれることが中小企業を通じて社会のグリーン化につながっていくことになると期待しています。

林 大量生産、大量消費の時代が変わりつつあります。いろいろなものがいろいろな数で、どれだけ売れるかも分からないし、多いのか少ないかもしれない。こうした変化に対応し、変量変種生産へと変換していくことが当社の目指す方向だと考えています。そこに向かうにはまさに「環境力」が非常に力になると思っています。

髙橋 渋沢栄一さんが銀行を作って150年経ちました。人口が増えていく時代、経済を成長させるために金融は本当に役に立ったと思います。これからは銀行が初めて人口減少社会を経験することになります。資本主義がなくなるわけではありませんが、生き残っていく方法は、成長ではなく循環のような丁寧な仕事をしていくことだと思います。量を追い求めるのではなく、付加価値のあるものを作っていく。人と人とが協力し合っていく。その支援が金融の新たな役割だと思っています。当金庫はもはや金融機関ではなくなるかもしれません。「環境力」を高めることも含め、顧客企業を良くすることに多様性ある職員全員で力を注いでいくことで、当金庫自体も磨かれていくのではないかと考えています。

司会 経営者の「環境力」が企業の総合力を高め、日本のグリーン化や持続可能な社会の構築へとつながることが分かりました。環境文明21には表彰事業を継続し、「環境力」のある経営者を後押ししてもらえればありがたいです。本日はありがとうございました。

「環境新聞×環境文明21」共同企画 座談会「経営者に求められる『環境力』とは何か」_
「環境新聞×環境文明21」共同企画 座談会「経営者に求められる『環境力』とは何か」_